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見えなかった君03
探偵部のポスターのくたびれ具合は情報の古さとは全く関係なかったことを知り、後悔した。
猛烈な後悔だった。
わたしがもう少し能動的で、高校生活を少しでも充実させようとしていれば出会えたのだ。あの人に。
「誕生日は四月二日でA型。身長は百六十九センチ、体重は六十キロ」
自分の情けなさに打ちひしがれていたら笑顔に戻ったミキちゃんの言葉を聞き逃しそうになって、慌てて気持ちを切り替える。
「好きな食べ物はロールキャベツで嫌いな食べ物はレバー。あと動物が苦手みたい。得意科目は保健体育、苦手科目は特になし。趣味は読書、と、あとは、インターネットとか、ビデオ鑑賞、とか。家族は両親と妹。中学まで剣道をやってたって。あ、彼女がいないのは私が保証する」
頭が情報をうまく処理できない。わたしにとって一番喜ぶべきなのは彼女がいないということで、レバーはわたしも苦手で一緒なのも嬉しい。ロールキャベツの作り方をお母さんに教えてもらおう。姿勢がいいのは剣道をやっていたから?
「やっぱり、恋する乙女はきれいだね」
「は、い?」
わたしには縁遠い言葉をいきなり向けられて、変な声が出た。
「一ノ瀬のことは同じ部活だし結構知ってるからもっと色々教えてあげられたらいいんだけど、知ってる分主観が入っちゃって。とりあえず今回はこれだけなんだけど何かあったらいつでも連絡してね。はい、どうぞ」
わたしはミキちゃんから折りたたまれたレポート用紙を一枚受け取る。開くとかわいい字で今ミキちゃんが教えてくれたことが書いてあった。しかもさっきミキちゃんが見せてくれた読書中のあの人、一ノ瀬くんの写真がぺたりと貼ってあった。
「ありがとうございます」
「いえいえどういたしまして」
わたしたちはお互い頭を下げ合って笑った。
「直ちゃん」
ミキちゃんが笑顔のままわたしの名前を呼んで心臓が大きく跳ねた。
「って呼んでもいい?」
「うん、直ちゃんが、いいな」
二人でまた笑い合ってミキちゃんはよし、と手帳を閉じた。
「直ちゃん、携帯を出しておくれ。やっぱりちゃんとアドレス交換しよう! 一ノ瀬のことなら私相談にのれるし、直ちゃんとはもっと仲良くなりたい。迷惑かな」
一瞬言葉が出なくて、わたしは勢いよく首を横に振った。考えると答えるタイミングを逃してしまいそうだったから考える前に声を出した。
「わたしも、ミキちゃんと仲良くなりたい」
今すぐ自分の欠点を一つ直せるのだとしたら、何よりも受動的すぎる性格を直したいと常々思っている。
新しい人間関係を築く場でも、自分から声をかけるなんて考えられなかった。
幸いなことに小学校も中学校も、世話好きな子が引っ張ってくれることが多かったからわたしがクラスの輪から外れることはほとんどなかった。
高校に入って一年目はたまたま前の席になった子がとても社交的な子で、気がついたときにはわたしはその子のグループに入れてもらえていた。二年目は一年のときに同じグループだった子が何人かいて、その流れで何とか新しいクラスにも馴染むことができた。
一時期を除いて孤独な学校生活を送らずには済んだけれど、わたし自身は何も変わっていないのだから結局悩みは尽きない。むしろ人と関われば関わるほど自分の欠点を思い知る機会が多くなった。
どうしてあのとき何もしなかったのだろうと、わたしはいつも後悔ばかりしている。
三年生になった。わたしは三年連続八組だった。そして一ノ瀬くんは一組だった。クラス割りのプリントで確認して、その場に崩れ落ちそうになった。最後の年なのに校舎がまた別になってしまった。
二年二組だったミキちゃんは三年三組になった。ミキちゃんも校舎が別のままで残念だけれど時々メールのやりとりをしたり、ばったり会ったときにちょっと話すくらいの距離が心地いい。わたしの欠点をそんなに見せずに済むし、ミキちゃんがわたしとはもう関わりたくないと思ったときも自然と離れてもらえる。
我ながら後ろ向きな思考なのにいつだったか誰かに、前向きなのか後ろ向きなのかわからないと言われたことを思い出した。
わたしは一ノ瀬くんが好きだ。廊下ですれ違ったときは息ができなかった。ほんの一瞬目が合った日は眠れなかった。
一ノ瀬くんのことは簡単なプロフィール以外何も知らない。普段はどんな感じなのかとか、ミキちゃんに聞いてみたかったけれど何だか言いにくそうにしていたから結局聞けなかった。
そんな一ノ瀬くんのことをこんなに好きになってしまった自分が信じられないけれど、この気持ちは確かにわたしの中にある。
同じクラスになれたら少しは接点を持てるかもしれないという最後の淡い期待は泡となって消えた。
このままだとあっという間に一年が過ぎ、卒業して一ノ瀬くんはわたしとは別の道を行く。もう二度と会うこともない。一ノ瀬くんはわたしの存在すら知らずに一ノ瀬くんの人生を生きていく。そしてわたしはまたいつものように後悔するのだ。
いつも、誰かが何かをしてくれるのを待っているだけだった。わたしにとって自分から動くということはとてもこわいことだった。
でも一ノ瀬くんのことは誰も何もしてくれない。何もできない。わたしが何もしなければ本当にそれで終わってしまう。こんなに好きなのに、一ノ瀬くんと話をすることもできないまま。
噂一つで探偵部まで行ったわたしを思い出す。あの行動でわたしはミキちゃんと出会えた。一ノ瀬くんのことを知ることができた。
わたしでもあんなことができること、自分から動いた結果が全て最悪なわけではないことをわたしは知っている。
もう一度あのときみたいに行動できたら。
このまま何もできずに終わって後悔することよりこわいことなんて、きっとない。
ということを何日もずっと考えていた。
考えるだけなら簡単だ。実際に行動を起こすまでの間には簡単には越えられない巨大な壁が立ちはだかっている。
そうやって盛り上がったり沈んだりを繰り返していた四月の終わりの火曜日、わたしは視聴覚室の前にいた。
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