神様は不公平です。
恵まれた者とそうでない者、二種類の人間を作りました。
08.砂の城 - 01 -
日曜日。
お父さんが来る日だったけど代わりに郵便受けに一ヶ月分の生活費が入った白い封筒が放り込んであった。
お父さんは来なかった。
もう声も思い出せなくなっていた。
思い出したくもなかった。
「はよ」
改札を出たところで声をかけられた。
心臓が跳ねて、嬉しくて泣きたくなった。
神くんの声。たった一日聞かなかっただけなのにどうしてこんなに懐かしいんだろう。立ち止まって振り返る。
「相変わらず早いね」
神くんがわたしの右隣に並ぶ。
まだ早い時間だから同じ高校の制服はほとんど見なかった。
ギュッと握り拳を作って唾を飲み込んでから。
「神くんも、早いね」
うまく、言えた。
今この瞬間は確かに幸せだと思った。
「ん、宗太郎が泊まりに来てて追い出されたんだよ。さっさと行けって。俺の部屋なのに」
「宗太郎さんは、どこに住んでるの」
迷ってから思い切って訊いてみた。多分、ちゃんと訊けてる。普通に、さり気なく。
「実家に両親と。でも最近俺んとこのほうが居心地がいいみたいで入り浸ってる」
どうして神くんは一人暮らしをしてるのか訊こうとしてやめた。そこまでわたしが踏み込んでいいのかわからなかった。
神くんと歩き出す。
この前神くんと一緒に歩いたときは、後ろからついていっただけだったけど、今日はちゃんと横に並んだ。
「宗太郎のことなんだけど」
商店街を抜けたところにある横断歩道。
赤信号で止まったとき急に神くんが言った。それまで二人とも黙って歩いていた。神くんが何も言わなかったらわたしも何も言わなかった。言えなかった。
「坂口さんには、なんか本当に迷惑かけたみたいで」
「や、別に」
「それでさ、もしまたあいつが家に来るようなことがあったら俺に連絡して」
ちょっとだけ神くんの顔を見上げて、目が合いそうになったから慌ててまた足元に視線を落とした。
「つうか本当に絶対何がなんでも」
「……もう、来ることなんてないと思うけど」
だって宗太郎さんは。
「わざわざ嫌いな人のところに何度も行く人なんて、いないよ」
自分で言って苦しくなってる。馬鹿みたい。
信号が青になってまた歩き出す。
「坂口さん」
神くんがわたしの名前を呼ぶ。泣きたいけど泣かない。
「宗太郎はすっげえわがままで、これでもかってくらい自己中心的な人間で」
それはもう嫌というほどわかってます。
「だから本当に嫌いだったら口もきかないよ」
神くんは優しい。
でも今はそれが痛い。
学校に着いて靴箱の前で上履きに履き替えるとき、神くんがわたしを待ってくれた。神くんに見られてる感じがして緊張したけど、それだけのことも嬉しい。
教室に行くまでの間も会話はなかった。わたしの心臓だけがずっとうるさかった。
神くんはやっぱり沈黙が続いてもあまり気にしない人みたいだった。
「坂口さん、これ」
教科書やノートをリュックから出していたら神くんに肩を叩かれて。
ノートの切れ端に十一桁の数字。
「ケータイの番号。それならいつでも連絡つくから」
布越しに、神くんの手がわたしに触れた。
神くんに繋がる魔法みたいな番号を手に入れた。
泣かないですんだのが不思議だった。
苦しくて、苦しい。
(神様)
少しの間だけ、この幸せを。
わたしの手に。