目を開けたら部屋が明るくて朝だと知った。
朝。
07.夢か現か - 01 -
慌てて起き上がって枕元の目覚まし時計を見たら、七時半を過ぎていて心臓が止まりかけたけど、今日は土曜日で学校は休みだとすぐに思い出した。
あのまま寝てしまったんだ。
後でドアの鍵とチェーンをちゃんとかけようと思ってたのに。
一晩中鍵が開けっ放しで泥棒に入られなかったか不安になった。
階段を下りて廊下を歩く。
玄関、ドアの鍵をかけてチェーンに手を伸ばして、ふと見下ろした先。足元に見慣れない大きなどう見ても男物のスニーカーがあって、嫌な予感。
「歯ブラシ」
後ろから声が。男の人の。しかも朝っぱらからまた偉そうな。
だからどうして。
「おい、馬鹿女」
わたしの名前は馬鹿女じゃない。
とりあえず向きを変えて部屋に戻ろうとしたら、ストライプのパジャマが目の前にあってぶつかりそうになってびっくりした。
うっかり顔を上げてしまったら今日も眼鏡をかけてない不機嫌丸出しの仏頂面があって、すぐに下を向いた。
「なんでいるの」
少しだけ、声が震えてしまった。
「雨の中わざわざ帰る気ない」
だからって勝手に人の家に泊まるかな、普通。
仕方がないから洗面所に行って、そろそろ下ろそうと思っていた新しい歯ブラシを出して宗太郎さんに渡した。
パジャマ、今日はボタンは真ん中の一個だけ留まっていた。
「あと髭剃り」
「え」
「髭剃り」
もう一度凄く苛々した感じの口調で宗太郎さんが言った。ひげってあのひげ。
「なん、で」
パジャマの真ん中のボタンをじっと見つめた。
「髭剃りの使用目的なんて一つしかない」
そんなことはわかっているけど。
「使い捨てのくらいあるだろ」
「……え……宗太郎さんって、髭、生えるの?」
言った瞬間空気が凍りついた感じがした。言い方を間違えた。
「あの、お父さんが、髭濃くて、だから、宗太郎さんは違うと、思って」
もう一度宗太郎さんの顔見てみたかったけど、怖くてできなかったからさっき見上げた顔を思い出してみた。
多分、印象に残るほどは髭は伸びてなかったはず。
……沈黙が、痛い。
「あの、ごめ」
「もういい」
さっきよりも苛々した感じで言われたから、わたしは洗面所を出た。思っていたよりも、平気。そんなに痛くない。
そのまま台所へ行ってたまった食器を洗うことにする。
朝ごはん、どうしたらいいんだろう。宗太郎さんの分も作ったほうがいいのかな。
お皿を洗いながらぼんやり考えていたら玄関のほうから音がした。
お皿を洗い終わってから見に行ったら宗太郎さんの靴はなかった。
ドアの鍵とチェーンをかけた。
本当に自分勝手な人だと思った。
嫌いな人の作った料理なんて、食べたいわけないけど。
少し苦しいのは無視した。
洗面所のドアを開けると水色のかごが置いてあって、意外だったのはその中のストライプのパジャマがちゃんとたたんであったこと。
夢でも見てた気分。
どうしても空しさを拭えないままパジャマをしまおうと持ち上げて、何気なくかごを見下ろしたら鍵が一つ、そこにあった。
宗太郎さんの忘れ物。
ドキドキしながらしゃがみ込んで、それを手に取った。多分、宗太郎さんの家の鍵。キーホルダーも何もついてない。
これはどうしたらいいんだろう。
鍵、なくて困らないかな。
今から追いかけても間に合わないだろうし、宗太郎さんは忘れ物に気づいても戻ってくるような人じゃなさそう。
鍵を手に持ったままその場で考えていたら電話が鳴った。
『鍵忘れた。今日中に持って来い』
「え、あ、どこに」
どこに、の「ど」を言ったところで電話を切られた。またもしもしは言えなかった。
どうしようって思って、それから神くんの顔が浮かんだ。神くんに訊けばわかるかもしれない。一緒に、昨日の宗太郎さんの言葉も思い出してしまったけど、今は考えないことにした。
部屋に戻ってリュックの中から入れっぱなしだったクラスの名簿を取り出した。連絡網のプリントは見つからなかった。
電話はかかってくるのも嫌だけど、かけるのも苦手だと思った。しかも相手が神くん。
呼び出し音が一回鳴るごとに心臓の音も大きくなってる気がした。
五回目の呼び出し音が鳴ったところで、今はまだ八時過ぎだと言うことに気がついた。
休日の朝早くに電話って、もしかしなくてもとても迷惑。だから慌てて切ろうとしたのに。
『はい、もしもし』
気が動転した。思い切り。