「よかったな。せっかく教えてやったんだから感謝しろよ。これで馬鹿な期待をしないで済むだろ」
06.きらいなひと - 03 -
小さな親切大きなお世話。
期待なんて初めからしてなかった。しないようにしてた。
(最初からわかってた)
だから痛くなんてない。
声を、出して。喉から。
「わたしには、神様がいるんです」
初めて、口に出して言った。
どうしてこんな人にこんなことを言ってるんだろう。笑われるかもしれないのに。
宗太郎さんの瞳にわたしが映っている。
「それは、誰にも壊すことができないから」
「壊したら、どうなんの」
笑いはしなかったけど、どこまでも意地悪な人だと思った。
泣きたくなった。泣かないけど。
「誰にも壊せないって、言いました」
いつの間にかまた膝の上の両手を見ていた。震えているのを宗太郎さんに気づかれてないといい。
「つうか、なんで敬語」
話題、変わった。でも追い詰められてる感じは変わらない。
「だって、年上で」
「孝太郎には使ってない」
「だって、神くんは同じクラスで、宗太郎さんは先輩で」
「俺は学校やめたから、あんたの先輩でもなんでもないし」
さらりと聞き流しかけて、頭の端っこで意味を捉えた。
「退学に、なったんですか」
普通に問いかけた自分を凄いと思った。
「勝手に決めつけんな。自分からやめたんだよ。あいつみたいにまたやり直す気にはなれなかったから」
それってつまり、宗太郎さんも進級、できなかったってこと?
「とにかくうざいから普通に話せ」
この人はなんでいつもこんなに偉そうなんだろう。
それよりも。
「あの、わたしに何か用でも」
あったのか訊こうとしたら、それよりも先に宗太郎さんが口を開いた。
「あんた見てるとホント苛々する」
まだ痛みを感じないのだけが救いだった。
宗太郎さんはわたしが一番嫌いなのだと言った。好きの反対。
「じゃあ、なんでここにいるの」
棒読みっぽくなったけど、声は震えなかった。
まだ、泣かない。
宗太郎さんは何も答えずにいきなり立ち上がって出て行ってしまった。
それに安堵する前に足音が階段を上っていったように聞こえて、わたしは飛び上がるように立ち上がった。しばらくそのまま耳を済ませる。
ドアの開く音。微かに聞こえた。二階にあるのは二部屋。片方は、わたしの。
嫌な予感。
震えそうになった足で前へ進む。リビングを出て階段を上って。
少し震えた右手で部屋のドアを開けたらベッドに宗太郎さんが座っていた。
「なんで勝手に」
「あんたって本当に間抜けって言うか馬鹿って言うか」
手に、あの絵が入った中学校の卒業証書入れの筒を持っていて。宗太郎さんが。
「どんな反応するかと思ってたけど、こんなのを本気にして喜んでるし。おめでたい奴って言われない?」
泣いたら負けだと思った。この人に弱いところなんて見られたくないから。
でも、悲しいよりも、悔しさとか恥ずかしさとか惨めさが大きすぎて。
わたしは強くない。
「出て行って」
喉の奥が痛い。
「わたしの世界に入ってこないで」
これ以上何も壊されたくなかった。
「どうもお邪魔しました」
さっきのわたし以上の棒読みで全然感情のこもってない言い方で言って宗太郎さんはわたしの横を通って部屋を出て行った。
階段を下りる宗太郎さんの足音が耳元で響いてて。
宗太郎さんが横を通ったとき、シャンプーの匂いがした。わたしがいつも使ってるのと同じ。シャンプーまで勝手に使ったんだ。
後ろでドアを閉めた途端涙が溢れた。
今までよく我慢できたね。
自分を褒めてあげてから布団を頭まで被って枕に顔を押しつけて泣いた。
今は苦しくても泣いた後はきっとすっきりするから。
(神様)
久しぶりに声を上げて泣いた。
わたしの中の真っ黒でドロドロの感情を全て流してしまいたかった。
いつになったらわたしはこの暗闇から抜け出せるんだろう。
その夜、幸せな夢を見た。
辺り一面淡い色の花に囲まれて、わたしは笑っていた。
隣には神くんがいて一緒に笑っている。
その隣には宗太郎さんもいた。宗太郎さんも楽しそうな笑顔で。
本当に楽しくて。
幸せすぎて涙が出た。