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 神くんの部屋はとても綺麗に片付いていた。わたしの部屋よりもずっと。


   05.黒縁眼鏡 - 02 -


 わたしはふすまを背に座ってて、右側には黒っぽい机とその奥に本棚。机の上には教科書とノートが開いてあった。勉強、してるんだ。
 左側には押入れがあって、その前に大きめのラジカセとCDで溢れているプラスチックの箱が置いてあった。
 床には灰色のカーペットが敷いてあった。部屋の真ん中にある、小さめの黒い正方形のテーブルを挟んでわたしの真正面。黒のパイプベッドに腰かけて、神くんのお兄さんが漫画雑誌を読んでいた。左足を右膝に乗せて読んでる様子がもの凄く偉そうに見えるのはきっと気のせいじゃない。
 後ろのふすまが開く音がして、一緒にコーヒーの匂いと神くんの声。
「坂口さん、コーヒーいれたんだけど」
「あ、ありがとう」
 本当はコーヒーってちょっと苦手だけど、神くんがいれてくれたから。
 神くんがテーブルの左側に座って、沈黙。
 それでわたしはなんでここにいるんだろう。
 コーヒーの湯気を見る。
 こんな現実ってちょっと信じられない。
 お兄さんがページをめくる音が響く。と思ったら、パタンって雑誌を閉じる音。
「帰る」
 そう言ってお兄さんが立ち上がった。突然。
「おい、待てよ。お前が言い出したんだろうが」
「気が変わった」
 神くんは大きなため息をついた。
「ああもう、これだからやなんだよ」
 お兄さんがわたしの右横を通り過ぎたとき、目の前を通った手が。
「昨日の神くん」
 昨日感じた違和感は本当だった。わたしは正しかった。昨日の神くんはお兄さんだったんだ。ずっとモヤモヤしていたのがすっきりして嬉しくて、また声に出していた。
「なんで」
 お兄さんが開けかけたふすまを閉めた。あなたもなんでそんなに不機嫌そうなんですか。
「なんでわかんの」
 もう一度お兄さんが言って、今度は神くんの向かい、わたしから見てテーブルの右側にどっかりとあぐらを組んで座った。
「俺も知りたいんだけど。坂口さんが初めてだから」
 わたしが初めてって。
「え、何が」
「何も知らないで、こいつと俺の見分けがついたの」
 神くんが顎をしゃくってお兄さんを指した。
「小さい頃は二人で入れ替わって、周りが全然気がつかないのを見ておもしろがったりしてさ。今でもお互いのふりをしてたら家族とかはともかく、俺たちのことを知ってる奴でも間違えるよ。それなのに、こいつが言うには坂口さんはすぐに俺じゃないってわかったみたいだから不思議だな、と」
「え、だって、やっぱり違ったから」
「どこが」
 ってお兄さんが。左手で頬杖をついて。
「あの、最初は声に違和感があって、今気がついたけど、お兄さんのほうが微妙に低い、ような」
 コーヒーの湯気。ゆらゆら。
「それで全体的に雰囲気が違ってる、ような気がして、ええと、あの、でも一番違うのが」
 さっきからお兄さんの視線が突き刺さってくる感じがして嫌だった。もう一つ神くんとお兄さんの違うところを見つけた。お兄さんは人をじっと見る癖があるみたい。眼鏡でよくわからないけど、お兄さんは神くんよりもさらに目つきが鋭いのかもしれない。初めて神くんを見たときを思い出した。あのときの神くんも、ナイフみたいな目だった。
 双子ってやっぱり一卵性なのかな。
 自分と同じDNAをもった人がいるってどんな感じなんだろう。神くんとお兄さんは、一つの生命として誕生した瞬間から一緒にいるんだ。
(ずるい)
 神くんとお兄さんは、誰も入り込めないような深いところで繋がっていて。
(神様)
「坂口さん」
 急に神くんの声が耳に飛び込んできて。
「え?」
「続きは」
 今度はお兄さんが言って、話の途中だったことを思い出した。
「あ、ええと、手が」
「手?」
 神くんに頷いて答える。
「手が一番違う、かな、と思ったりして」
 湯気がゆらゆら。コーヒーっていい匂いだけど苦い。
「どこが」
 お兄さんが眼鏡を外して、神くんと同じ顔。同じ遺伝子情報を持った。
 思わず。
 お兄さんの目を真正面から、受けてしまって。
 見られるかと思った。心の奥まで、踏み込まれるかと思った。
 お兄さんは眼鏡を乱暴に自分のシャツで拭いてまたかけ直した。
「うまく、言えないけど、お兄さんの手のほうが神くんよりもなんか女の人、みたいに細いような、感じが」
 言ってから、後悔した。
「最悪」
 お兄さんがテーブルに肘をつけたまま、頬杖をついた手で少しはねてる長めの黒髪をグシャッてして。
 わたしに向けられた言葉。痛い。
「だいたいあんたの」
 痛いからやめて。
「兄貴になった覚えはない」
 神くんと同じだけど違う声。
「帰る」
 立ち上がって、今度こそ本当に出て行った。コーヒーは冷めてしまってもう湯気は見えない。神くんと二人きりになってしまったのに、別のところが痛くてその痛みしか感じなかった。
「気にする必要ないから。あいつが言ったこと」
 でも、最悪って言った。
「照れてるだけなんだから」
 ……照れてるってどういう意味だったっけ。
「あいつは性格がこれでもかってくらい、ひねくれてるからさ。って俺も人のこと言えないけど」
 それから神くんがいたずらを思いついた子供みたいに笑った。
「いいこと教えてあげようか」
 そういう顔もやばいです、神くん。
「どうせそのうちわかることなんだし。坂口さん、あの絵の裏に書いてあった名前見たんだよね」
「あの、宗ってやつ……?」
「俺の双子のお兄サマ、神宗太郎って言うんだけど」
(そうたろう)
 何かが。

「坂口さんの絵を描いたのは宗太郎だよ」

 弾けた。

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