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 球技大会の次の日、学校に行ったら(八時十分、今日も教室一番のり)黒板の左端のほうに賞状が赤の丸いマグネットで貼ってあった。


   04.すきなひと - 01 -


 リュックを机に置いて見に行く。
 優勝二年三組。種目男子バスケットボール。優勝。したんだ。昨日の神くん、思い出してああやっぱりって思った。
 今日は神くんは学校に来なかった。


 胸にぽっかり穴が開いてしまったみたいだった。
(穴)
 風穴。冷たい風が通り抜けてく。
(たった一日)
 神くんの声、鼓膜には響かなかったけど、頭の中でいっぱい響いてた。
 大きくて綺麗な神くんの手をずっと思い浮かべていた。
 神くんの目。黒くて深くて、凶器にもなるくらい鋭くて、吸い込まれそうになる。
 神くんの目。始業式の翌朝のあのとき以来、ちゃんとあの目と向き合ってない。向き合えない。
 あのとき、神くんは窓のところに立っていたから結構離れてたけど、神くんの目はすごく近くにあったような気がした。
 昨日は神くんと結構たくさん話した。教室にいるときはほとんど話さない。神くんはわたしの後ろの席で、わたしはずっと前を見てる。
 神くんは教室ではいつも寝てるみたいで、授業中にも休み時間に聞こえてくるのと同じ規則正しい呼吸音が聞こえてくることがある。
 時々近くの男の子と話していて、時々いなくなる。やっぱり三年生の友達のところに行ってるのかな。
 何よりも怖いこと。神くんの存在がわたしの中でどんどん大きくなっていること。
 たった一日、神くんの存在を感じられないと思うだけで、どうしようもないくらい苦しかった。

 長いようで短いようでやっぱり長い六時間の授業が終わると、いつもならすぐ帰る。
 でも今週は廊下側から三列目が教室の掃除当番だった。
 先生。溝口先生も一緒に掃除をする。だからちょっと嬉しかった。
 掃除の最後に机を整頓して、綺麗に並べる。
 帰ろうとリュックを背負った。他の人たちはもういなくて教室には先生とわたしだけだった。
 先生は黒板から後ろの壁に移された賞状を見ていた。
「さようなら」
 他の先生にだったら緊張してうまく言えなかったかもしれないけど、溝口先生だからスッと言葉が出た。
 先生が振り向いていつもの笑顔を向けてくれた。
「ご苦労様。気をつけて帰りなさい」
 頭、ぺこりと下げて教室を出た。嬉しくて感動して泣きたくなった。


 学校から近くの駅までは歩いて十分。途中にある商店街を抜けて改札口の前まで来て、定期入れを出そうとブレザーの右ポケットに手を突っ込んで。
 背筋が凍りつく感じ。
 うそ。
 一応左ポケットも探ってみるけど、ハンカチとポケットティッシュしかなかった。リュックの中にしまうわけないから。
 定期を落とした。この間買ったばかりの。
 落としたのだとしたら多分学校で。
 どうしよう。
 今日はお財布を持ってきてない日だった。つまりお金がなくて、切符も買えなくて、帰れない。また学校に戻るしかない。
 それで学校にもなかったら、先生にお金を貸してもらおう。まだいるよね。
 何をするか決まって今来た道を引き返そうとしたら、いきなり誰かに肩を叩かれた。右肩。びっくりして振り返る。
「やっぱ、坂口伊織じゃん。何つっ立ってんの?」
 昨日見たばかりのつんつん頭が目に飛び込んできた。この人はなんだか苦手だから一応軽く頭だけ下げて歩き出そうとしたのに、つんつん頭のほうから話しかけてきた。
「そう言えば、今日来てなかっただろ、あいつ」
 あいつって誰。
「神孝太郎」
 心臓が跳ねる。名前を聞くだけでドキドキするなんて誰にも言えない。
「昨日電話でちょっと話したんだけど、柄にもなく球技大会なんかで張り切ってへばってやんの。アホだよな」
 神くんの情報、聞けたのはいいんだけどなんでわたしに言うんだろう。 もしかして昨日神くんと一緒にいたから? わたしが神くんと仲がいいと勘違いしてるのかもしれない。それともつんつん頭は誰にでもこんな感じなのかな。友達多そう。
「そんで、坂口伊織は帰んないの?」
 神くんの話からいきなりこっちに振られた。神くんと話すときとは違うドキドキで、心臓が痛い。
「……定期、学校で落としたみたいで」
「それでわざわざ戻んの? 切符で帰りゃあいいじゃん」
 そんなこと言われなくてもわかってる。
「お金、持ってないから」
「電車賃っていくら?」
「……百五十円」
「は? マジ? 百五十円も持ってねえの?」
 だから持ってないって言ってる。
 踵を潰されてスリッパみたいになってるつんつん頭の黒い革靴をじっと見てた。革靴って高くないのかな。
 そんなことを考えていたら左手を差し出された。つんつん頭の。手のひらには銀色の硬貨が二枚。
「ポケットに入ってた。ほら、手出して」
 言われるままに右手を出して、百円玉一枚と五十円玉一枚をその上に乗せられた。
「ありがとう……ござい、ます」
「どういたしまして」
 つんつん頭が貸してくれた百五十円で切符を買った。つんつん頭が去り際に、一緒に帰るかって冗談っぽく言ってきたのが嫌だったけど、ちょっとだけいい人かもって思った。

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