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「こいつ、岩崎っつって元クラスメート」
「どーも」


   03.赤信号 - 02 -


 何故か神くんの友達紹介されて、挨拶されて、なんて返せばいいかわからなくて、ちょっとだけ頭下げて信号色のつんつん頭の上履きを見たまま黙っていた。つんつん頭、何故かわたしのこと知ってるし。喉が詰まって苦しい。
(神様)
「孝太が坂口伊織と同じクラスだなんて、あいつ驚いただろ」
「まだ教えてない」
「うっわ、相変わらず性格悪いな」
 あいつって誰。首の後ろがゾワゾワする。まだわたしのことを知っている知らない人がいる。
 つんつん頭は神くんのことを孝太って呼ぶ。わたしの知らない神くん。
「で、どういう風の吹き回し? 球技大会なんてかったるいもん、お前は絶対来ねえと思ってたけど」
「それはアナタにも言えることでしょうが、岩崎クン」
「俺はもう帰るもん。試合は一応やったし」
 知らない神くん。
 わたしはここでもいらない。
 体育館履きをロッカー戻しに行って、その後はどうしよう。
 どこにも行く場所なんてない。わたしの居場所はここにはない。
 視線、赤と青と黄色の上履きから横にずらして体の向きも少し変えた。一歩足を踏み出す。
「坂口さん」
 神くんの声が体中に沁み込む感じ。声をかけられるだけで泣きたくなるほど嬉しい。嬉しくて苦しい。神くんは知らない。
 踏み出した右足、そのままで止まった。
「どっか行くの?」
「ロッカーに、体育館履き、戻しに」
 踏み出した右足を見たまま言った。
「その後は?」
 呼吸がうまくできない。
 何か答えなきゃ。本当は神くんには関係ないって怒鳴りたかった。
「適当に、どこかで時間、潰そうかなって。もう、試合ないし」
 唾が喉に絡まってきて言いにくかった。
「だったら三組の試合見てけば?」
 だから神くん、そういうの凄くずるいよ。
 本当は知ってたけど知らないふりをしていた。気づかないふりをしていた。そうすればまだ大丈夫だと思っていた。
 でももう無理だった。
 気づかないふりをするには大きくなりすぎました。
 最初に蒔かれた種は、すでに芽を出していたのです。自然の摂理。それからは逃れられない。
「坂口さん?」
「あ、はい、うん、じゃあ、そうします」
 わけわかんない返事して、頷いた。
 つんつん頭はいつの間にかいなくなっていた。
 その時間は体育館は舞台側のコートが空いてたから、応援する人はそこで応援することになる。わたしは端のほう、入り口の近くに腰を下ろした。結構応援の人がたくさんいた。みんな暇なんだ。
「あ、よかったー、まだ始まってないよ」
 女の子の集団、十人くらい入ってきた。
 見たことがあると思ったら同じクラスの人たちだった。わたしの後ろを通って反対側の端に行った。
 試合が始まった。
 男子と女子じゃスピードも迫力も全然違った。
 喚声が凄かったけど、やっぱりどこか遠くで聞こえてくるような気がする。その代わりボールを突く音とかコートを走る音とかは信じられないくらい近くで聞こえてた。体に伝わる振動が心地好かった。
「あの背の高い男の子、むちゃくちゃかっこよくないっ?」
 隣に座ってた女の子が少し興奮気味に話してた。
 背の高い男の子。神くんのこと。
 なんて速く走るんだろう。なんて高く跳ぶんだろう。
 ボールが神くんの手に吸い付いているように見えるくらいドリブルもうまかった。
(神様)
 これ以上見てたら危険だとどこかで悟った。
 自分の足を抱えてた両腕に力を込めて、膝に額を押し付けて目を閉じた。
 花を咲かせては駄目。
 自分を戒めなければ壊れそうになる。自分を保っていられない。
 そんなことでしか生きる術を知らないわたしはこれから。
 不意に怖くなって、神様を求めるより先に神くんの姿を求めて顔を上げた。
 だから罰なのかもしれない。
 神様は己しか認めない、嫉妬深い存在なのかもしれなかった。
 バスケットボールが飛んできた。
 目の前にあって、顔を背けて、腕で顔を庇おうとしたけど所詮運動神経ゼロのわたし。顔を庇おうと手を伸ばしたのは右の頬に痛みが走った後だった。
 平手打ちされるよりも痛いと思った。
「すんませんっ、大丈夫っすか」
 相手チームの人だった。右手にはわたしにぶつかって転がっていったボールを持っていた。そのボールを見て答えた。
「あ、大丈夫です、全然」
 本当は痛すぎてよくわからなかったけど、普通に言えた。だからその人もすぐコートに戻って、何事もなかったかのように試合は再開された。
 右の頬がじんじん痛んで、泣きたくなった。
 試合は三組が勝った。点数はわからなかったけど、圧勝だった。
 わたしの頬の痛みは少し治まっていたけど今度はそこが熱を持って熱くなっていた。
 試合が終わったら立ち上がって体育館を出た。上履きに履き替えて、今度は体育館履きを忘れずに持った。
 心が遠くへ飛んでいってしまいそうだった。人の話し声が、ボールの音が、自分のいるところとは違うところで聞こえた。
 わたしはちゃんと歩いてる? 足を動かしても全然進んでない気がして。
(熱)
 熱を持った右頬だけが今の現実。
 階段を、上る。一段ずつ。少し駆け足になる。
 追いかけられてるみたいだった。誰に。何に。誰かに。何かに。
(わたしは今、どこにいる)
 掴まえなければならなかった。自分を見失いそうになるから。
 早く。
(はやく)
 最後の一段に躓いて、転びそうになったけど両手を突いてなんとか堪えた。
 廊下を駆ける。
 三組の教室の前。並んでいるロッカーの右から五列目、縦に三個あるうちの真ん中がわたしのロッカー。十四番。
 一番下だとしゃがまないといけないけど、真ん中は立ったままで出し入れできるからちょっといい。去年は一番下だった。
 左のポケットから鍵を取り出す。家の鍵と一緒になってる小さな鍵。小さな青色の勾玉の形のキーホルダー。わたしのお気に入り。
 小さいけど頑丈な南京錠を外してロッカーを開けた。無理やり押し込んだリュックが潰れてた。
 体育館履きを乱暴に突っ込んで乱暴に閉めた。ロッカーの中に全てを閉じ込めるつもりで鍵を掛けた。
(神様)
 閉じられたロッカーの扉をしばらく見てから、また窓の外でも眺めてぼんやりしてようと思ってちょっと俯いたまま後ろを振り返ったら。
 ドンっておでこが何かにぶつかって、びっくりして顔を上げたら神くんがいて、びっくりした拍子に今度はロッカーに後頭部をぶつけた。

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