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 学校の行事は大抵面倒臭くて憂鬱なもの。
 四月の半ばにある球技大会もその一つ。


   03.赤信号 - 01 -


 四月はただでさえ憂鬱な月なのに、さらに落ち込む。
 一年生なんて入学して二週間も経ってないから、チームプレーが命の球技大会をやるには早すぎるとわたしは思う。どうでもいいけど。
 チームはいつの間にか決まっていた。男女別で三種目。バスケにバレーにサッカー。後ろの黒板の出たい種目のところに名前を書いてください。体育委員が言ってたのに忘れてたから、わたしはバスケの補欠になっていた。
 球技大会の日は晴れてなくて曇ってて、それだけが救いだった。雨が降ってくれたらもっといい感じだけど、天気予報の降水確率は二十パーセントだったから期待はできない。
 試合は勝ち抜き戦。一回戦で負けたらそれで終り、負けても帰れない。時間を無駄にしてるなって思う。いつも。
 体育館、二面あるコートのうち舞台側の一面使って三組対……何組だっけ? 学校全体でやってるけど一応学年別だから相手も二年生のはず。隣のコートでは男子が試合をやっていた。上履きの色が赤だから多分一年生。
 わたしは補欠だから端っこのほうで試合を見ていた。
 三十八対十で三組はボロ負けした。
 体育館を出ても気分は沈んだまま。
 一回戦敗退。まだ帰れない。
 体育館と南校舎を繋ぐ通路からグラウンドを見る。サッカーとかバレーの試合をやってたけど、自分のクラスを応援する気になれなかった。どこで試合をしてるかもわからなかった。
 することないから教室に戻った。けど。鍵を掛けられていて入れないのを教室の前まで来て思い出した。
 制服はリュックの中に詰め込んでロッカーの中に押し込んであった。ロッカーの鍵はハーフパンツのポケットの中。
 もう帰っちゃおうかな。
 ポケットの上から鍵の膨らみに触れた。
 だってわたしは必要ない。
 今わたしは誰にも必要とされていない。
 普段なら気にならないその事実を突きつけられてる感じが凄く嫌だから。
(神様)
 廊下の窓の縁に右手を掛けて外に目をやった。下のほうに植木とかがあって、アスファルトの中庭を通して向こうの校舎が見えた。向こう側に見える教室にはもちろん人影はない。
 遠くから歓声が聞こえてくる。
 遠い。とても遠くて。自分がどこにいるのかわからなくなっていくようで。
(わたしはどこに)

「何してんの」

 頭の上から声が。凄く近くて。
 いきなり引き戻された。現実に。
 右隣に神くんが立っていた。
 びっくりしすぎて、よくわからないうちに口が勝手に答える。
「別に、何も」
「試合は?」
「あ、うん、負けた」
 あ、凄い。普通に話せてる。今の、自然な感じだった。
「神くんも、バスケ、だよね。わたしは補欠だけど」
 窓の外を見たまま言ってみたりして。ちょっといい調子。
「ん、もうすぐ試合」
 チラッと神くんを見た。
 上は白いTシャツで、下は黒のジャージだった。寒くないのかな。今日は結構涼しいから、わたしは下は黒のハーフパンツだけど上はジャージを着ている。
 あ。
 びっくりしたのは、神くんの横顔が思っていたよりも高いところにあったから。
 神くんをこんな風に見上げたのは初めてだった。横顔、綺麗。
「背、高い」
 神くんがわたしのほうに顔を向けて、わたしはまた窓の外を見て、それから窓の縁に掛けた両手を見た。
「そんなでもない。百八十ちょっとだから」
 それは十分高いです。
「神くんは、こんなところで何してるの?」
 疑問形って難しい。語尾の上げ具合がわざとっぽくならないようにするの。今の多分うまく言えた。と思う。思いたい。
「何って、坂口さんが校舎に入ってくのが見えて、何してんのかと思ったから」
 神くん、そいういう言い方よくないです。
 何か意味があるわけじゃないってわかっているけど、わかってくれないわたしがいるから。
 でもすぐに、一人でウロウロしてたところを神くんに見られたんだってことに気づいた。
 顔から火が出そうなくらい恥ずかしいってきっとこんな感じ。
 窓の縁に掛けた両手に力が入る。神くんはきっとわたしのこと変な奴だと思ってる。
 顔を上げられないまま神くんが早くどこかに行ってくれるのを待つことにして、それから。
「あ」
 思わず声が出て。
「ん?」
「あ、体育館履き、置いてきちゃって」
 何か忘れてると思ったんだ。体育館に戻らないと。
「じゃあ、俺もそろそろ行くかな」
 神くんも試合が体育館であるみたいで、一緒に行くことになってしまった。
 嬉しいけど心臓に悪いから少し離れて歩く。
 体育館の前の廊下のところで神くんが誰かに「孝太」って呼び止められた。
 わたしは靴箱の中を探して、それから入り口の前に散乱していた大量の上履きの中に混じった、わたしの体育館履きを無事に見つけ出した。
「うっそ、あれって坂口伊織なの? マジ?」
 神くんよりも少し高い知らない声がわたしの名前を言って、びっくりしてそっちを見た。
 さっき神くんを呼び止めた人。
 金髪になりかけた茶髪がつんつんあちこち立ってる。寝癖じゃなくて。左耳の上のほうに銀色のピアスっぽいちょっと幅の広いリングがついてて、Tシャツと短パン、わざとだらしなく着てて、普通に上履きの踵踏み潰してる。今時の若者って感じで上履きの色、見たけどペンキか何かで凄いことになっててわからなかった。でも孝太って呼んでたし三年生だと思う。
(神くんの友達)
 神くんとつんつん頭がわたしの前まで来た。来るな。
「うお、本物だ」
 本物。わたしの偽者でもいるんですか。
 赤とか青とか黄色とかで凄いことになっているつんつん頭の上履きを見た。右手に持ってた体育館履きを左手に持ち替えた。
 なんか嫌だと思った。

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