今日は八時五分前に校門の前に着いた。今日は課題テストがあって本当は九時登校。
だから人はいないはずだった。
02. ナイフと視線 - 01 -
靴箱の前で靴を履き替えて、静かだった。わたししかいないから。
昨日の続きで今日もなんだか気分がいい。歌でも歌いたくなってきたりして。歌わないけど。
階段を上る。
上ったら正面には北校舎への渡り廊下、右手には職員室、左手には二年三組へと続く廊下がある。
わたしは左に曲がります。
途中に進路指導室と二年一組と二組の教室があった。空っぽだった。だから三組の教室も空っぽのはずだった。誰もいないはずだった。
後ろの戸、ガラって開ける音が思ったより大きく響いて、少しびっくりした。
(神様)
絶対誰かいるはずがなかったから。
戸を開けた瞬間、大きく響いた音よりびっくりした。
心臓がもうドキドキじゃなくてドクンドクンってなってた。
だって誰もいちゃいけないのに。
(いたら駄目なんだよ)
真っ正面の窓に、寄り掛かって立って、腕を組んでいる男の子がいた。駄目なのに。
(神様)
ちょっと下向いて目を瞑っているみたいだった。
誰。
何やってるの。こんな早くに。馬鹿じゃないの。凄く腹が立った。
自分勝手です。人間なんてみんなそんなもん。自己中心的な生き物なのです。
不意に男の子が顔を上げて、こっちを見た。
遠慮なんてなかった。
鋭い刃物で切り込まれたみたいに、睨まれた。胸の真ん中、切り裂かれた。
それからすぐにフッと張り詰めた彼の視線が少しだけ緩んだ気がして、刺さったナイフ、ゆっくりと引き抜かれた感じ。でも血はドクドク流れたままで止まらなくてそこだけ凄く熱かった。
「……はよ」
(神様、あなたはとても意地悪です)
朝の挨拶。挨拶はきちんとしましょう。今日の目標。小学校のときなかったっけ?
一秒でも長く夢を見ていたかったから、一時間も早く学校に来て。そのせいで一時間も早く夢から覚めてしまった。
こんな不意打ちありですか。
声が、昨日心臓に響いた声で、やっぱりそうなのですね。
あなたは噂の神孝太郎くん。
あ。
重大な事実発見。
神くんは不良のはず。なのに髪が金色じゃない。赤でも緑でも蛍光ピンクでもなかった。ついでに茶色でもなかった。
ちょっと長めで耳にかかってる、多分寝癖であちこちはねてる髪はちゃんと日本人の色。黒かった。
耳にはもちろん鼻にも口にもピアスらしきものはついてない。眉毛もある。
あれ?
黒の制服もブレザーのボタン全部外してあって、ワイシャツも第二ボタンまで外れてたけど、別に普通で、ズボンも普通だった。上履きも結構綺麗だった。
あれ?
怖い人って。
ああそうか。見た目じゃなくてきっと中身のことなのね。うん、納得。
でも、挨拶してくれた。
神くんって凄いかもしれない。
一言で人を嬉しくさせる。
それともわたしが単純なだけ?
神くんが挨拶してくれてから、結構経っていた。わたし、おはようって言ってない。一旦タイミングを逃すと、なかなか言うのが難しい。
神くんはまたちょっと俯いて目を瞑って、何か考えているか眠っているみたいだった。
(神様)
「おは、よ」
声、震えたかもしれないけど、言えた。結構離れてるから神くんには届かなかったかもしれない。それでもよかった。
教室に入って後ろで戸を閉めて、自分の席に座った。神くんのほうはもう見なかった。
神くんにつけられた傷口が、まだ痛いけど、気持ちいい痛さだから、ナイフみたいな目を思い返した。
黒板の上の時計を見たら八時五分だった。
心臓飛び跳ねた。
足音が。足音。神くんの。