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「びっくりした？」
アキちゃんは笑顔のままそう言った。
あたしはまだアキちゃんの言葉を理解できなくて、とりあえず笑ってみた。
06.繋がらない
「……ええと、それで何にびっくり？」
たっぷり十秒は置いてから、随分と遅れてあたしは訊いた。でもわけのわからないことを言ったのはアキちゃんのほうだからよしとしよう。
「うん、だから茜ちゃんと浩行さんはもう兄妹じゃないんだよってこと」
「おお、それはびっくりだ」
「まあ血縁的に見れば初めから兄妹ではないけどね」
「はあ」
何かもの凄いことを言われたような気がする。気がするんじゃなくて実際に言われたのか。
「意味がわかりません」
「うん、ちゃんと説明する。そもそも今日僕が茜ちゃんと会ったのも偶然じゃなかったりするんだ」
「偶然だよ」
「ううん、僕が浩行さんに駅で茜ちゃんを待ってるように頼まれたの。僕は茜ちゃんと違って浩行さんと交流があったから」
「何で」
そりゃああたしの幼馴染みたいなアキちゃんは、クソ兄貴とも多少は仲がよかったみたいだけど。
「時々茜ちゃんの様子を報告してたから」
「誰に」
「浩行さんしかいないでしょ」
「だから何で」
コタツに入れてる足が熱い。
「アキちゃん、もうちょっとコタツ弱くしない？」
「それで話を元に戻すとね」
別にもう戻さなくていい。
「アキちゃん、おなか空いた」
「茜ちゃん」
アキちゃんが真剣な顔して、だからあたしも仕方なく背筋を伸ばす。
「浩行さんは元々養子で、茜ちゃんとは血の繋がりはないの。その養子縁組も数年前に解消したからもう戸籍上でも茜ちゃんのお兄さんじゃない。わかる？」
養子縁組って何。
クソ兄貴がお兄ちゃんじゃないってどういうこと。
アキちゃんがそんなこと知ってるのは何で。
クソ兄貴とつるんでたのか。
妙に冷静な頭の中でいろんな疑問がグルグル回る。回るだけで声にならない。
ぐるぐる。
「本当は浩行さんの口から言うべきことなんだろうけど、それを待ってたらまた色々とこじれちゃいそうだからさ」
アキちゃんはゆっくりと息を吐き出した。
「浩行さんってばやたら回りくどいというか、見てるこっちが苛々するんだもん。浩行さんには浩行さんの事情があるのはわかるけど」
だから意味がわかりません。
クソ兄貴はあれでも一応あたしのお兄ちゃんで、どんなに最低の人間でもそれだけは変わらなくて、あたしはそれを嘆きつつも一生逃れられないその運命を覚悟したのに、どうして今更兄妹じゃないと。
血。
アキちゃんの言うことが本当なら、唯一だと思っていたクソ兄貴とのその繋がりも、完全にないということで。
これはもしかして喜ぶべきこと？
もしかしなくても喜ぶべきことじゃないか。
あんなどうしようもない悪魔のような奴ときれいさっぱり赤の他人だなんて。
赤の他人。養子縁組、いつしてたのか知らないけどつまりもともと血の繋がりはなくて、それを解消して戸籍上も赤の他人。
きれいさっぱり、繋がりは切れたわけで。
なんだ。
最高じゃないか。
「茜ちゃん」
アキちゃんに呼ばれて、底にココアの粉が溜まったカップに向けていた視線を上げる。
「お風呂入ってきたら？ 用意はできてるから」
「うん」
お泊りセットの入ったバッグを引き寄せて、立ち上がったときにあたしの目から何故か零れ落ちた透明な液体を見なかったことにしてくれたアキちゃんに感謝しつつ。
「うい〜」
お湯に体を沈める。声を出してしまうのは長年の習性だから、オヤジくさくても直しようがない。
少し落ち着いてきたから、いきなりの衝撃の事実についての考察。
結論からいくと、クソ兄貴はあたしのお兄ちゃんにあらず。
ああ、そうだったんだ。どうりで全然似てないわけだ。
一体誠さんと容子さんのどの遺伝子を受け継いであんな風になるのか不思議だった。容子さんってば不倫でもしたのかと一時期思ったこともあったけど、これで謎は全て解けた。
何がショックって、今までたった一人のお兄ちゃんだからと耐えてきた長年にわたる数々の仕打ちは一体何だったんだと。
アキちゃんがクソ兄貴の手先だったのにもびっくりだ。
それでもアキちゃんのことは好きだけど。
これって実は冗談でした、なんてことはないのかな。
ないだろうな。アキちゃんはそういう冗談は言わないし。
変な感じ。あんな奴お兄ちゃんじゃなかったらよかったのにって何度も思ってたのに。あたしはあんな奴は大嫌いで、いつもきっぱり縁が切れたらいいのにと思っていたのに、いざそうなってみるとどうしてこんなにも戸惑いのほうが大きいのだろう。
ぶくぶくお湯に沈んでみる。
答えは出ない。
……そう言えば何か忘れてる気がする。
アキちゃんに妙なことを言われたような。
しばらく考えても思い出せなくて、のぼせそうになったから、あたしは一旦考え事をやめてお風呂から上がることにした。
「茜」
のぼせ気味のままバスタオルで体を拭いていたらドアがいきなり開いて。
今はこの家にはアキちゃんしかいないはずなのに、アキちゃんとは違う低い声。
そもそもアキちゃんは茜とは呼ばない。
じゃあ誰だ。妙に聞き覚えのある声だ。
あたしは振り返った。自分が裸であることも忘れ。
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