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 駅前の人込みの中にその姿を見つけたとき、あたしは不覚にも泣いてしまいそうになった。
 地獄に仏とはまさにこのこと。


  05.迷える子羊に愛の手を


「アキちゃん!」
 とにかく手当たり次第に友達に当たってみようと手に取った携帯電話を振り上げて、帰宅途中のサラリーマンや学生の目も気にせず、あたしは大声で呼び止めた。
 呼び止められたその人はキョロキョロと周りを見渡す。
「アキちゃん」
 あたしは人込みを縫ってアキちゃんのところへ行ってその肩を叩いた。やっとあたしに気づいてアキちゃんが振り返る。
「茜ちゃん」
 う、わあ、笑顔が眩しいぞ。夜なのに。
「久しぶり」
 アキちゃんの笑顔につられてあたしの顔も自然に緩む。
「アキちゃん、相変わらず可愛いね」
「あはは、だから僕は男なのでその褒め言葉は正直、あんまり嬉しくないんだけど」
 ちょっと感動して言ったらアキちゃんは苦笑いした。
「あれ、もしかして背伸びた? あたしより高くなってる」
「何でそんな残念そうに言うかな」
 数ヶ月前に会ったときは確か百六十センチのあたしと同じくらいだったのに。それでも平均的な男の子と比べたら随分と小柄だけど。
 やっぱりアキちゃんは小さいほうが可愛くていい。
「茜ちゃんは今帰り?」
 アキちゃんの言葉であたしは自分の状況を思い出してしまった。
「ア、アキちゃ〜ん」
「うわ、ちょっ、茜ちゃんっ」
 あたしは人目もはばからずに、わらにも縋る思いでアキちゃんに抱きついた。
「一生のお願い、聞いて」



 パステルカラーで統一された、女の子よりも女の子らしく綺麗に片付いたアキちゃんの部屋のコタツで温まっていると、アキちゃんがココアを持ってきてくれた。
「はい」
 あたしの前に温かいカップを置くと、アキちゃんもすぐにコタツに入る。
 半泣きで事情を説明したら、アキちゃんはとりあえずうちにおいでと言ってくれた。だからあたしはその言葉に甘えることにしたわけだけど。
「ねえ、家の人は?」
「んとね、お父さんたち、いつものごとく音信不通で。そのうち帰ってくると思うけど、まだ当分は帰ってこないんじゃないかな」
「そっかあ。アキちゃんも大変だね」
 放浪癖があるらしい豪快なおじさんを思い出した。それとは対照的なおっとりした感じのおばさんも時々おじさんにくっついて行ってしまうと、いつだったかアキちゃんがこぼしていたのも。
「だから茜ちゃんは遠慮しないで泊まっていってね」
「うん、ありがとう」
 どんなに最低のクソ兄貴がいても、優しい友達に恵まれたあたしはきっと幸せなんだろう。
 アキちゃんは本名を秋山佐之介と言う。
 本当に抱きしめたくなるほど可愛い、小学校のときからの大好きな友達。
 高校が別になってからはあまり会えなくなったけど、今でも時々電話では話をしている。
 もちろんクソ兄貴の存在も知っていて。
「浩行さんも相変わらずみたいだね」
 あたしとは違い、ちゃんとクソ兄貴のことを覚えていたアキちゃんが、熱いココアをふうふうしながら言った。だからそういう仕草がたまらなく可愛いんだってば。
「あそこまで変わってないとはあたしも思わなかった。別に優しいお兄ちゃんなんて期待してなかったけどさ、もうちょっと兄貴らしいことの一つや二つしてくれたっていいのに」
 聞き上手なアキちゃんのせいで、あたしはこの三日間プラス今までの涙のエピソードを思い切り愚痴ってしまった。
 絶妙なタイミングで相槌をうってくれるアキちゃん。
 こんなお兄ちゃんだったらよかったのに。弟、むしろ妹でもいいから。


「あうあー」
 ひとしきり今までの不満や怒りを吐き出して、あたしは後ろに寝転んだ。
「もう帰りたくないよー」
「そんなこと言ったら浩行さんが悲しむよ」
「んなわけないじゃん。クソ兄貴はあたしのことを追い出したいんだよ。そんで女の人連れ込むんだ」
 アキちゃんがちょっとだけ笑ったみたいだったからあたしは起き上がった。
「何で笑うの」
「何だかんだ言って茜ちゃん、浩行さんにやきもちやいてるんだなって思って」
「な、そんなんじゃない! アキちゃん、冗談でも言っていいことと悪いことがあるんだからね!」
 あんな奴、あたしは大嫌いなんだから。
「でもさあ」
 まだ笑ったままアキちゃんが。
「浩行さんも重度のシスコンだよね」
「は?」
 あたしは思わずまじまじとアキちゃんの長いまつげに縁取られた大きな瞳を見つめてしまった。
 シスコン。
 シスターコンプレックス。
 ってあれですか。
「ってどこが」
「だってあの溺愛っぷりは並じゃないもん」
「誰が誰を溺愛してるんだ」
「浩行さんが茜ちゃんを」
 ……ここは笑うところなんだろうか。
「あははは、アキちゃん、つまんなーい」
 とりあえず笑ってみましたが。
「ああそっか。シスコンとは違うのか。茜ちゃんたちもう兄妹じゃないんだよね」
 癒し系のアキちゃんの笑顔がふと思い出したようにさらっと言って。
 アキちゃんの笑顔に癒されながら会話をしていたあたしは、ワンテンポ遅れても意味が理解できなくて。
 ここも笑うところ? 一応笑う準備をしてみましたが。
「何て言うかね、誰かがきっかけ作ってあげないと、茜ちゃんたち先に進めそうにないみたいだから。僕がその役目を引き受けてみたんだけど、びっくりした?」


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