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三日。クソ兄貴のところに移って三日経った。
あたしはあの悪魔に殺されると確信した。
03.悪魔ノ所業
「あ、茜……?」
午前中の授業がやっと終わって机に伏せっていたら、マイフレンド莉緒が遠慮がちに声をかけてきた。
「大丈夫?」
「んあ、何が?」
顔を上げて隣の席の莉緒に視線を向ける。
「いや、何か最近、生気ないよ?」
「ふ、ふふふふふ」
そんなもんとっくの昔に使い切ったわ。
いきなり不気味に笑い出したあたしに、莉緒は明らかに怯えたように椅子ごと後ろに動いた。
「もしかして今度の期末、そんなに頑張ってるの?」
「あー、期末テストまであと一週間だっけ。まだ何にもやってないに決まってるじゃん」
こんなときに期末テストを持ってくるなんて誰かの嫌がらせじゃないかと思う。
「じゃあ何でそんな死にそうな顔してんの」
死にそうな顔。確かにあたしも鏡の中の自分の顔を見て悲鳴を上げそうになったわ。
三日前と比べ明らかにやつれ、目の下の隈もそりゃあもう凄いことになっていた。
原因は言うまでもない。
全ては人間の皮をかぶったあの悪魔のせいだ。
「あたし、あとどれくらい生きられるかなあ……」
「ちょ、ちょっと茜、目がやばいって。本当に何かあったの?」
「ふふふふふふ」
「あ、茜……」
あたしの朝は洗濯から始まり、朝食の準備、それから自分の分だけでなく何故かクソ兄貴の弁当まで作らされ、学校に行く前に洗濯物を干す。
最初はびびってたクソ兄貴のトランクスも、二日目で抵抗なく洗濯機に放り込めるようになった。そんなことでいちいち戸惑う繊細な神経なんか持ち合わせてたら、クソ兄貴の下ではやっていけない。
学校帰りに買い物をして、帰ったら家中の掃除。そして夕飯の支度。寝る前にはクソ兄貴のスーツとワイシャツにアイロンをかけるのが日課となってしまった。
あたしの意に反してだけど一応居候の身であるわけだから、たとえクソ兄貴の部屋を掃除するときにこと細かく指示された挙句部屋のものには一切触れるなと無理難題を言われたって、一生懸命こなそうとしている。
それなのにあのクソ兄貴ときたら!
まずい。ぬるい。汚い。ボケ。遅い。やり直せ。バカ。アホ。クズ。何か文句あんのか。バカネ。
こんな感じのセリフが延々と続く。鬼姑も真っ青の底意地の悪さに口うるささ。可愛い妹に対して他に言うことはないのか。
おかずは毎食三品以上作れって言っておきながら、三日経った現在ちゃんと食べてくれたことなんてない。
夜は遅いし昨日はとうとう朝帰りしやがった。晩ご飯をいらないならいらないって言えばいいのにそれもしない。
朝四時起きでつくった弁当を、一口も手をつけないで戻されたときは、さすがにどこかの血管が切れそうになった。
だったら初めから弁当なんて作らせるな! あたしが料理本片手に何時間かけてご飯作ってると思ってるんだ! って言えたらどれだけすっきりするだろう。
今日も帰りにスーパーに寄らなきゃいけない。考えただけで憂鬱になる。献立は自腹を切らされて買った数冊の料理本を見て決めた。
普通の女子高生のあたしがいきなり凝った料理なんてできるわけでもないから、どうしても簡単な煮物とか、もしくはハンバーグやカレーライスといったお子様系になる。
外出好きで放任主義の容子さんは、食事の用意はちゃんとしてくれる人だったから、あたしが料理の腕を磨く機会はなかなかなかったのだ。
で、クソ兄貴は凝った和食がお好みらしい。
日曜日の夜、初日から家事を押し付けられたあたしは注文通り本を片手に、一切手伝う気のないクソ兄貴から「遅い、グズ、のろま、ボケ」等の暴言を浴びながら、三時間以上かけて食べたことも作ったことも、見たことすらもなかった凝った和食を作った。
そして素晴らしく失敗した。
クソ兄貴はそのあまりの凄まじさに、「次こんな殺人料理作ったら殺すぞ」と言っただけで、さっさと一人で外に食べに行った。
さすがのクソ兄貴もそれでもうあたしに凝った料理を作らせるのは不可能だと悟ったらしく、あたしは自分でできる範囲の料理を作るということで収まった。
主婦の偉大さを身を持って思い知らされた三日間。
でもあたしは高校生。勉強が本業の学生なわけで、クソ兄貴にいいように使われていたらこの有様。
たった三日ですでに限界。
せめて働いた分だけお金を貰えたりすれば少しは救いになるけど、クソ兄貴から預かった食費の残りは、あとでレシートと一緒にきっちり返すことになっていた。
一円でも足りなかったらどんな目に合うかわかったものじゃない。現に渡したおつりが百円足りなかっただけで、罰金として五百円取られた。
とりあえず今までは容子さんから貰っていた月五千円のお小遣いだけは、今後も貰えそうだけど。
「あたしって何て不幸」
あたしの汗と涙と血の結晶のお弁当を口に運びながら、この地獄の三日間を思い返していたら思わず呟いてしまった。
「何があったのか知らないけど元気だしなよ。期末が終わったらあとは楽しい冬休み! クリスマスやお正月が待ってるんだから」
「地獄も待ってる」
「茜ー」
莉緒が困ったように言った。莉緒は優しいからついつい甘えてしまう。
あのクソ兄貴を見た後だと莉緒が天使に見える。
「莉緒、あたしのこと見捨てないでね」
そう言ったところで制服のポケットにつっこんであった携帯電話が震え出した。
携帯電話を取り出し、着信画面に表示された名前を見てあたしは危うく気を失いかけた。
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