トップ | 小説一覧 | くさり目次 | 熱の功罪 010203


 とりあえずこの状況をどうにかしよう。


  熱の功罪02


 クソ兄貴とベッドの間の隙間から何とか抜け出そうともぞもぞ動いていたら、あたしの腕を押さえつけていたクソ兄貴の右手の親指が、あたしの唇に触れてきた。
 まさか、ちゅうする気じゃないだろうな。何しろちょっと前までとっかえひっかえ女の人と付き合っていたような奴だ。
 加えて前科もある。
「お兄ちゃん、安静にしてないと風邪悪化するよ」
 クソ兄貴の手を払いのけながら言う。
「ん……」
 ああ駄目だ。可愛い妹の忠告も耳に入ってない。接近してくるクソ兄貴の顔。あたしはとっさに目をつぶって両手で唇をガードした。
 そのまま数秒経過。
 恐る恐る目を開けた瞬間、それまであたしの顔の横に腕ををついて自分の体を支えていたクソ兄貴が、力尽きたように崩れ落ちた。あたしの上に。
「お、おーもーいー!」
 クソ兄貴の直撃を受けて思い切り下敷きになってしまったあたしは、かろうじて自由に動く両手でぽかすかクソ兄貴の背中を叩く。
 密着しているクソ兄貴の体温が怖いくらいに熱い。
 胸を圧迫されて息をするのも苦しくて、おまけにちょうどあたしの首元にクソ兄貴の顔が埋まってる感じで、くすぐったいことこの上ない。
 クソ兄貴に押しつぶされたまま、身動きがとれなくてどうしようか考えていたら。

「ひゃあ……っ」

 死んだように身動き一つしなかったクソ兄貴がもぞっと動いて、首筋に妙な感触。
 あたしは我ながら可愛らしい悲鳴を上げた。
 何だこいつ。今何をした。首を舐めたぞ。首を。
 いや、首って舐めるところではないはずだ、普通。
 荒い息、耳元に感じて、何故か耳たぶを噛まれた。
「お、お兄ちゃん!」
 やだ、やだ、やだ。何してるのこの人。
 再び柔らかいものが首筋を這う。クソ兄貴の唇。熱い息がかかって。
 おまけにクソ兄貴が体を浮かせてやっと軽くなったと思ったら、今度は服のすそから手を差し込もうとしてきた。
 本当に何を考えているんだこいつは。全身粟立ってる。
 突然のクソ兄貴の奇行に驚いて動かせずにいた両腕を、慌てて持ち上げてその右手を掴んだ。
「この、変態クソ兄貴!」
 足を無理やりばたつかせると、クソ兄貴がうめいた。あたしの必死の膝蹴りがクソ兄貴のみぞおちにでも入ったらしい。
 再びクソ兄貴があたしの上に倒れ込んでくる。さっきみたいな直撃を紙一重の差でかわして、あたしはクソ兄貴の下敷きになりながらも何とか抜け出すことに成功した。
 ベッドから滑り落ちたときに打ってしまった背中とお尻をさすりながら、立ち上がってすぐに部屋を出て後ろでドアを閉める。
 力が一気に抜けてドアに寄り掛かりながらその場に座り込んだ。
 耳の奥で、鼓動が信じられないくらい大きく響く。
 ちゅうとか、そんな可愛らしいレベルじゃなかった。クソ兄貴がしたこと。もっと生々しくて。
 手が震えてるから、相当怖かったらしい。
 震えたその手でさっきまで熱いものが触れていた首を押さえる。
 もう子供でもないから、男女の愛し合い方くらい知っている。
 いくら熱で正気を失っていたからと言っても、あたしが、クソ兄貴から見てそういう対象になり得るということが、信じられなくて。
 愛してやるとか、もう妹じゃないとか、言われた気がするけど、ずっとお兄ちゃんと呼んでいた人が、あたしをその対象として見たということが、あまりにも現実からかけ離れている気がして。
 ……もしかして、熱のせいでぼけて誰か別の女の人と間違えたとか?
 そっちのほうがありえそうだ。けど。
 それはそれで嫌だって思う自分が、いる。
 別に、クソ兄貴は今までだっていろんな女の人と付き合ってきたみたいだし、あたしはクソ兄貴の恋人でもないし、今更気にしても意味のないことだってわかってる。
 ただ、あの人があたしの知らない誰かと愛し合うんだってことを、思い知ってしまったことが少しだけショックで。

 本当は、少しじゃなくて、すごくショックだ。
 あたしがあの人に抱く感情は決していいものばかりではないけれど、悪いものばかりでもない。
 だって、昔のあたしにとってはお兄ちゃんが全てだった。お兄ちゃんがいてくれればそれでよかった。

 いつの間にか流れていた涙。
 あたしはバカだ。昔と少しも変わってない。


 昔も今も、ずっと、どんなに強がっても、立花浩行という人があたしだけのものであることを望んでる。


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