トップ | 小説一覧 | 犬は泣く2 | ←1へ  3へ→


  第2話 ゆらゆら

 一目惚れだった。
 廊下ですれ違って何気なく見上げた長身の彼。
 後頭部を鈍器でめった打ちにされたような衝撃を受けた。
 と、言うわけで。
「好きです!」
 放課後、彼が一人になったところを狙い無理やり体育館裏に連れてきて、あたしはそう告げた。
「…………」
 しかし彼、結城くんは黙ったままあたしを見下ろすだけで何の反応もない。
「え、あ、え〜と……」
 あたしはその間に耐えられず、とりあえず何かを言おうとした。
 そのとき、結城くんがおもむろに口を開いた。
「あんた、誰?」
「……三年三組…由良木、善美…です、ハイ」
 玉砕。



「きゃはははは! 何? それで諦めたわけ?」
「ま、仕方ないよね。結城くんは四月に転校してきたばっかだし」
 窓際の後ろのほうの席でお弁当タイム。
 まだ笑ってる加奈を無視してあたしは沙恵に向かった。
「だよね、だよね、だよねっ? とりあえずこれで名前は覚えてくれたはずだし、勝負はこれからよ!」
「でもさあ」
 加奈がミートボールを口に放り込みながら、急に真面目な顔をした。
「結城くんって確か同じクラスの二宮さんと付き合ってるんじゃなかったっけ」
「え!?」
「って言っても噂だけど、よく一緒にいるって一組の子に聞いたよ?」
「へえ、意外。二宮さんってなんか違う気がするけどな」
「そうそう、あたしも初めて聞いたときは、ちょっとびびったもん」
 そんな二人の会話をよそに、あたしは考え込んでしまった。
 二宮さんかあ。小学校も違ったし、同じクラスにもなったことがなかったからよく知らないけど、大人しい子っていうイメージがある。
 バカでうるさいあたしとは住む世界が違うって感じで。
 結城くんはああいうのが好みなのかな。
「ちょっと善美、大丈夫?」
 加奈があたしの顔の前で手をひらひらさせながら聞いた。
「ホントにただの噂だからね? それにもしそうだったとしても奪っちゃえばいいわけだし」
「う、奪う?」
 加奈の言葉にごはんを喉に詰まらせそうになる。
「だってさあ、普通だったら絶対善美を選ぶって。ねえ、沙恵?」
「そうだよ善美。だからあんまり落ち込まないでね」
「うん、ありがとう、二人とも」



「あ! もう五時過ぎてる」
 地味なくせにやたらと大変な図書委員になってしまったあたしは、そのせいでこんな時間まで本の整理や雑用をやらされていた。
 だけど、校門を出るとそんな不満は吹き飛んでしまった。
 道路の向こう側に大きなスポーツバッグを肩にかけた結城くんがいた。
 車が来ないことを確認してから道路を渡る。
「結城くん!」
 結城くんが立ち止まって振り返った。
「え〜と、昨日はどうも」
「ああ」
 やった、覚えててくれてた?
「揺れてる人」
「へ?」
 思わず間の抜けた声を出してしまった。
「揺れてるって……?」
 訝しげに聞いたあたしに結城くんは表情を変えずに言った。
「ゆらゆらって言ってなかった?」
 頭の中で大きな鐘がゴーンと落ちた。
「ゆ・ら・き! 由良木善美!」
「あっそ」
 そして結城くんはそのままスタスタ歩いていってしまった。
「え、ちょっと、ちょっと待ってよ」
 あたしは慌てて追いかけて結城くんの横に並んだ。
「まだ何か用?」
「だから、あたしは結城くんのことが好きなの!」
 あたしは小走りになりながら言った。足の長さが全然違うから、どうしてもそうなってしまうのだ。
「それで?」
「え、その、つまり、つ、付き合ってほしいな、なんて思っちゃったりして……」
「いやだ」
 勇気を出して伝えた言葉をあっさりとはね返されてしまった。
 でもこれで諦めるわけにはいかない。
「どうして?」
 結城くんは前を向いたまま、これまた即答してくれた。
「あんたに興味ない」
 その結城くんの言葉に思わず頭に血が上った。
「そ、そんな理由じゃ納得できない!」
「じゃあ何? 俺はあんたのことが嫌いだからっていう理由ならいいわけ?」
「違う! 結城くんはあたしのこと何も知らないじゃない。もっとよく知ってから決めてほしいの!」
 結城くんは何も答えないままどんどん歩く。あたしは少し遅れてついていく。
「それとも」
 あたしは何の反応もない結城くんにさらに続けた。
「二宮さんがいるから駄目なの?」
 この一言はどうやら効果があったらしい。
 結城くんは急に立ち止まりあたしは結城くんの背中にぶつかってしまった。
「何か誤解してるようだから言っておくけど、あれとはあんたが思っているような関係じゃない」
 あたしのほうを振り返り、鋭い目で見下ろしながら、感情のない声で言った。
「カノジョじゃないなら何なのよ」
「……犬」
「犬?」
「そ、飼い主に忠実な犬」
 しばらく考える。
「えと、二宮さんが犬で結城くんが飼い主?」
 またしばらく考える。
「それってつまり、二宮さんは結城くんのパシリとかそういうこと?」
「そうとも言う」
 涼しい顔をして答える結城くんに眩暈を覚えた。
 ただ者じゃないとは思っていたけど。
 再び歩き出そうとした結城くんの腕を掴まえて、考えるよりも先に口が出た。
「それじゃあ、あたしも結城くんの犬になりたい!」


←1へ    3へ→


トップ | 小説目次 | 掲示板 | メールフォーム