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 空の中で二人
犬は泣く

 夏の容赦ない太陽の光とまとわりつくような熱気が少しだけ恋しい。
 屋上の重い扉を開けて、すっかり熱がなくなった冷たい空気を思いきり吸い込んだ。
「遅い」
 すぐ近くで声がした。
「結城くん」
 扉の横の壁に寄り掛かって座っていた結城くんが私を見上げる。
「ごめん、はい、お茶」
 結城くんに制服のポケットに入れていた熱い缶を渡しながら、私も結城くんの左隣に腰を下ろした。
 視界に入る曇った空が広すぎて少し怖い。
「さっき、由良木さんに会ったよ」
 できるだけ何でもないふうに名前を出してみる。
 明るい笑顔で声をかけられて、少しだけ立ち話をして、私も笑顔のまま別れた。最初はあの明るさに圧倒されてしまったけど、今なら由良木さんの傍にいると元気を分けてもらえるのがよくわかる。
「あっそ」
 結城くんは両手で包んだお茶を伸ばした両脚の上に置いて、ぼんやり前を見ていた。
 何を考えているのかよくわからない横顔。
 結城くんは由良木さんのことが好きなのだと思っていた。それなのに私が結城くんの犬をやめた日、結城くんは私を追いかけてきてくれた。由良木さんが背中を押してくれたのだと、後で結城くんから聞いて知った。知って、私はどんなに頑張っても由良木さんのようにはなれないと痛感した。
 由良木さんは結城くんに全力でぶつかって、結果を全部受け入れて、それでしっかり前に進んでいる。
 時々、結城くんは私を選んだことを後悔してるんじゃないかと思ってしまう。
 そう思うこと自体、由良木さんにも結城くんにも失礼なのはわかってる。でも。
「タマ」
 私がどうしようもないことを考えているのを遮るように、滅多に呼んでくれない名前を結城くんが呼んでくれた。
「寒い」
 結城くんが私の肩に頭を乗せる。結城くんの重さに涙が押し出されそうになった。こうして結城くんの隣にいることができる今が、どれだけ幸せなのかを実感する。
「私が暖めてあげる」
 思ったことがそのまま口から出てしまって顔が一気に熱くなる。
「……何、そういうこと言うキャラだったっけ」
「今すごく恥ずかしいからつっこまないで……」
 結城くんが頭を起こした。結城くんのほうに顔を向けたらキスされた。キス。
 少し触れただけ。
「手は、繋いでくれないのに」
 照れ隠しのつもりで小さな不満を口にしてみる。
 私も人目は気になるけど、誰もいないところでも結城くんはそういうのを嫌がる。
 触れ合うことを好まないのかと思っていたら急に抱きついてきたり今みたいに寄りかかってきたり、結城くんはやっぱりよくわからない。
 もう一度右肩に結城くんの重さを感じる。
「手なんか繋いだら、離したくなくなる」
 呟くような声が、本当に結城くんの声なのか思わず疑ってしまった。
「……結城くんってそういうこと言うキャラだったっけ」
 さっきの仕返しのつもりで言った言葉は途中で震えて、私が恥ずかしくなるだけだった。冷たい風は顔の火照りを冷やすには足りない。


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