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触らぬ神に崇りなし01
宗太と孝太は俺の人生の、本当に最初のほうにできた友達で、幼稚園から気がついたら高校まで一緒だった。
仲がいい奴は他にもいるけど宗太と孝太はやっぱりちょっと特別な気がする。二人は俺のことを他よりも付き合いが長い奴くらいにしか思ってないんだろうけど。
出会ったばっかの頃は宗太も孝太も二人だけの世界を作ってて第一印象は確かあんまよくなかった。でもたまたま近くにいた俺がおばさんに二人をよろしくって頼まれて、俺が二人の間に無理やり割り込んでひっかき回したのはだからだ。あのときのおばさんの悲壮感漂う顔は今でも覚えてる。俺が何とかしないとって思った。おばさんに頼まれなかったら二人とも気に食わない奴らで終わってたかもしれない。
とにかく付き合いは長くて、一緒になって馬鹿なこともたくさんしたし、くだらない話とかわりとマジな話とか結構何でも話せる仲だった。
ただ誰それが好きとか彼女ができたとか、そっち系の話を昔から二人はしたがらなかった。確実に避けてるって気づいてからは、俺も何となく二人の前ではそういう話は避けてきた。理由は勝手に想像して訊かなかった。
思い出したくない中学時代を何とか乗り切って静かに始まった高校生活の二年目。
一時期わけわかんないことになっていた宗太と孝太がお互いをとことん避け合って、やっと落ち着いてはきたけど仲がよかった頃にはもう戻れないかもしれないと思っていた頃、二人の様子がまた少しおかしくなった。
派手にやり合うことはなくて、普通に話してる瞬間瞬間に見えないところでちりちり焦げるような感じだった。前みたいに周りを巻き込むようなことはなかったし、表面上は落ち着いたままだったから何かがあったのだとしても気が向いたら二人から話すだろうと思って口は出さなかった。
そのうち宗太と孝太の様子がおかしいのも気にならなくなって、二人とも学校を休むことが多くなったけど、今までが嘘だったみたいに仲はいつの間にか本当に元通りになっていた。
「好きな人がいる」
孝太がいきなり言い出したのは高校二年の冬休み、何かのついでに孝太の部屋に寄ったときだった。
どんな心境の変化があったのか知らないけど、いきなり今までしなかった話をされて反応にちょっと困った。
「……へえ、誰? 俺の知ってる子?」
「同じ学校だけど渉は多分知らない。一年」
「どんな子よ。可愛い?」
「ん、好きな人だから、可愛く見えるよ。それに何か、きれい」
孝太はこんな顔初めて見たってくらい幸せそうな表情を浮かべて、何かの冗談かと思ってた俺もマジな話だと信じるしかなかった。
「あ、あー、何だよ、べた惚れじゃん。つうかいつから?」
「四月に知った。今はまだ見てるだけだけど」
「四月のことをなんで今頃」
「何となく」
「何となくって、いや、別にいいんだけどさ、今までそういう話しなかったじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ。宗太は、知ってんの?」
迷って宗太の名前を出したら孝太はすぐに唇の端を持ち上げて笑顔を作って答えた。
「全部知ってる」
四月。宗太と孝太が何かおかしかったのはこれのせいなのか。
もっとつっこんで色々訊きたかったけど、下手に立ち入るとろくなことにならないのはわかっていたからこのときはそれで話を打ち切った。
冬休みが終わって三学期。授業もあと何回かってくらいのときに一番好きなものを描けという小学生みたいな、でももう小学生じゃないから簡単なようで難しい課題が美術で出た。
真面目に考えるのも馬鹿らしくて俺は一番じゃないけどそれなりに好きなブランドのイメージ画を描くことにした。
バイクだったり楽器だったり動物だったり植物だったり、好きな俳優を描いた奴はいたけど片思いの相手を描いたのは多分いなかった。一人しか。
宗太は絵がうまい。感覚的なものももちろんあるんだろうけどとにかく手先が器用で絵だけじゃなくて昔から図工だとか技術だとか美術だとかの授業では明らかに他とはレベルの違うものを作っていた。
四十人の出欠をとるのが面倒らしい原田によって、確認しやすいように最初の席はきっちり決まってたけど作業中はかなり自由で、作品さえ提出すればどう動こうと誰と無駄口を叩こうと何も言われない。
宗太は美術だけは真面目に出てたし宗太の隣はちょうど空いていたから俺はいつもそこに移動して宗太の手元を見ながら作業していた。
一番後ろのいつもの場所に移動すると、宗太はもう手を動かし始めていた。
「何描いてんの」
「坂口伊織」
見惚れずにはいられないような動きの手を止めることなく宗太は答えた。予想もつかない動きで、でも確実に絵になっていく過程は見ていて少しも飽きない。真っ白な紙の上に最初から完成した絵が見えていて、それを気まぐれになぞっているようにも見える。
「え、誰? 芸能人?」
「この学校の一年」
「え、なんで一年なんて描いてんの?」
「一番好きなものだから」
「あー……って、ちょっと待ておい」
納得しかけて宗太がもの凄いことを言ったことに気づく。
「せんせー! 宗くんが好きな女の絵描いてるー!」
俺と宗太の会話を聞いていたらしい前の席の馬鹿が驚いたように振り向いてから叫んだ。視線が集まる。
宗太は普段が普段だから実際に寄ってくるのはよくつるんでいる一部の奴らでほとんどはその場から見ているだけだった。女子には人気がないこともないけど女友達の一人が言うには宗太みたいなのは遠くから見ているくらいがちょうどいいらしい。それでも宗太の周りは人で埋まって好き放題言い始めた。
「うへー、やっぱ絵うめーな。これが好きな女?」
「坂口伊織? 誰だよそれ。知らねー」
「神も恋なんてするのか。びっくりだわ」
宗太が初めて手を止めて騒いでいた奴らもぴたりと静かになる。
「何もするなよ」
坂口伊織とやらを見に行く気満々だった俺たちは、その一言で勝手に動くことができなくなった。俺はもちろん、集まってきた奴らも宗太を本気で怒らせるような馬鹿なことはしない。
「それ本気なの? あの坂口っしょ? 趣味わっるー」
いつの間にか輪に加わっていた原田がにやにやしながら宗太を小突いた。
「先生知ってんの? 坂口何とか」
「どんな子?」
「だって坂口美術とってるもん。何か暗くて……と、そんな怖い目で睨むなよ」
原田の言葉に視線を宗太に戻したら不機嫌オーラ全開で、とばっちりを食わないうちに集まってきた奴らはそそくさと散っていった。
「ま、冗談はさておき、完成楽しみにしてるから」
原田も宗太の肩をぽんと叩くと他の絵を見て周り始めた。
「マジびびったんだけど」
一度は前を向いたけど我慢できなかったらしい前の席の馬鹿、久米が体ごと後ろに向けた。
「まあね」
俺も頷くと久米は俺のほうに身を乗り出してきた。
「だよなー。宗くんに浮いた話って今まで一回もなかったじゃん。中学んときもなかったんだろ? 超硬派って思ってたから何かすっげーショック」
俺と同じように宗太の手元に釘付けになった久米はため息をつきながら宗太に訊く。
「なー、見に行っちゃ駄目?」
「駄目」
即答された久米はもう一度ため息をついた。
「んー、まあ顔は絵でわかるからいいや。見に行かないからどんな子か教えてよー」
「嫌だ」
「えー、ケチー」
「そういや孝太も好きな人がいるとか言ってたな。今までそんな気配なかったのに二人揃ってお年頃ってやつか」
ぽろっと洩らした言葉に、久米が勢いよく顔を上げた。
「え、うそ、マジ? 孝くんまで? うおー裏切られたー」
涙目になっている久米は口をとがらせる。
「そりゃあ宗くんと孝くんに彼女いないほうがおかしいんだけどさー、ホントショックだわー」
「彼女と言えば宗太も片思いなん?」
宗太は何も答えない。ということはそうなのか。
「え、二人とも片思い? 二人なら告っちゃえば一発じゃね?」
「いや、宗太を見てみろ。女子には怖がられて思い切り避けられてるだろ。孝太だと騙されるのもいるかもしんねえけど」
「おお、そっか。宗くん、やっぱ生涯ロンリーウルフ同盟一緒に作ろうよ。片思いならオッケーだからさー」
「嫌だ。ロンリーなら一人でやってろ」
「ああーん、ひどーい」
気持ち悪い久米のことはそれっきり完全に無視して宗太は絵を描き続けた。
それからすぐ、数日ぶりに学校に来た孝太を捕まえたらできれば知らないでいたかった事実を知ってしまった。
「お前ら学校休みすぎ。テストでいい点とってもそれじゃあ意味ないだろ」
「ん、留年しそう」
「またおばさん泣かす気か」
「かもね」
「この親不孝者が」
「本当にね」
昼休みの渡り廊下でするにはちょっと重い話だった。空気が一気に澱む。
「あー、そうだ、孝太は何描いてる? さっきの時間美術だったんだろ? 俺は超適当」
重い空気を払おうと別の話題をふる。
どうせ孝太は当たり障りのないものを描いてるんだろうと思って何となく訊いてみた。
「近所の図書館」
「……ああ」
思わず言葉に詰まって曖昧に頷いた。
中学に入る前辺りから孝太が図書館に入り浸っていたのを思い出した。
宗太との仲が変な感じになり始めた時期と近いから何か関係があるのかもしれないけど深くはつっこまないでおく。
「じゃあ、宗太が何描いてるか知ってる?」
「ああ、久米が何か、凄かった」
何かを思い出したように孝太は遠くを見る目をした。
「あいつ、お前のとこに行ったのか」
「せめて久米だけには俺のこと言わないでほしかった」
久米が孝太に泣きついているところがリアルに浮かんだ。
「あー、うん、ホント、それは悪かったです。ごめん」
久米の前で孝太のことまでつい洩らしてしまったのは失敗だった。
「でも、久米から聞かなくても宗太郎が何描いたかわかってたよ」
孝太も好きな子のことは宗太に全部話してるみたいなこと言ってたから、宗太も孝太には全部話してるんだろう。元々お互いのことで知らないことはないみたいな感じだったし。
「孝太は知ってんの? 坂口伊織とかいうのを」
柱に寄りかかっていた孝太が、窓の外を眺めていた俺の横に並ぶ。
「ん、知ってる。俺の好きな人だから」
孝太の言葉に俺は一瞬止まる、
「あれ、宗太の好きな人じゃなかったのか」
「宗太郎も好きだよ」
「え、何、どういうこと?」
「同じ人を好きってこと」
「え、えええええ!?」
一瞬悪夢の中学時代の再来かと覚悟したけど空を見上げていた孝太の顔は穏やかで、混乱した。
「ええと、四月あたりから二人が何かちょっとおかしかったのってやっぱりそれが原因?」
「気づいてた? 今回は表に出さないようにしてたつもりだったけど」
「気づくっつうの。まさか学校休んでるのも」
「それは関係ない」
即座の否定は嘘だと思った。他にも理由があるのかもしれないけど全く関係ないなんて思えない。
「孝太がそう言うんならそういうことにしておくけど」
立ち入らないつもりだったけど好奇心に負けそうな気がする。
よく考えたらこいつらならどんなに避けてたって巻き込むときは巻き込んでくるに決まってる。
言い訳を作ったら我慢するのはさっさと諦めて好奇心に白旗を振ることにする。
「二人とも同じ子をって、どういう状況でそんなことになったわけよ」
「別に、たまたま二人でいたときに見かけただけ」
「ふーん。一目惚れなんだ」
俺が知る限りでは宗太にも孝太にも今まで彼女ができたとかそんな気配はなかった。
誰かを好きになったことも彼女ができたこともあるかもしれないけど二人とも表には全然出さなかった。
「で、お前らはそれでいいの?」
「何が」
「だって、宗太と孝太がそういう話を避けてたのって、こういう状況になったりするのが嫌だったからとかじゃなかったの?」
勝手な想像だったけど、外れてはいないと思ってた。
「ああ、ん、まあ、そのあたりは色々と」
「色々ねえ」
気になるという気持ちが声に出てしまったのかもしれない。孝太が俺のほうに顔を向けた。
「今日うち来る? 宗太郎もいるから」
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