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Call my name.01
朝目が覚めたら宗太郎さんがベッドに腰掛けてわたしを見ていた。
宗太郎さんが。
わたしを。
夢。じゃないとおかしい。
この家にはわたし以外に誰もいない。
だからこれは夢。
夢なら嬉しい。
起き上がって、宗太郎さんがじっと見てくるからわたしも見つめ返す。
ベッドについている右手に触ってみる。
「何」
びっくりして、慌てて離した。何か、リアルだ。
でも、これは夢だから何しても大丈夫。普段なら絶対にできないようなことだって、今ならできちゃう。
足をベッドから下ろして宗太郎さんの隣。
深呼吸をしてから、勢いをつけて、両手を伸ばして。
「……何」
思い切り抱きついて、後悔した。動くに動けなくてつばを飲み込む。
「寝ぼけんな」
苛々した声と一緒に引きはがされて、夢の中でもやっぱり宗太郎さんは宗太郎さんだと思った。嫌がられるとわかってたけど、寄りかかってみる。
頭の中がふわふわしてて気持ちいい。
そう言えば宗太郎さん、昨日来たときも同じ格好をしてた気がする。ジーンズとTシャツに黒い上着。宗太郎さんは黒い服が好きなのかなってぼんやり思った。昨日。
「昨日の夜、宗太郎さんがうちに来たよ」
びっくりしてる間にまた勝手に入ってきて、リビングのソファに座ってた。わたしは自分の部屋に戻って。
「いつ帰ったのかなー……」
「……帰ってない」
「んー……」
ふわふわの頭のまま宗太郎さんと会話。何か変な感じがした。宗太郎さんに寄りかかったまま目を閉じて昨日の夜のことを思い出す。
わたしは自分の部屋に戻ってそのまま寝た。宗太郎さんがいつ帰ったのか知らない。
(鍵)
鍵、閉めないと。
思ったのと同時にはっと目が覚めた。
「次寝ぼけたら襲うぞ」
目が覚めたはずなのに宗太郎さんの声が聞こえた。すぐ近くで。
あれ、おかしい。横になってたはずなのに夢と同じ体勢。何かに寄りかかって座ってる。何かに。あれ。
恐る恐る体を離して寄りかかっていたものに視線を向けた。心臓が縮こまって大きく跳ねた気がした。もの凄く不機嫌そうな宗太郎さんがわたしを見ていた。うそ。
「なんで、いる、の」
「あんたが、起きないから。つうか、来客中に寝るな」
怒った口調に心臓がもう一度大きく跳ねる。
「だって、いきなりで、どうしていいかわからなくて」
夢だと思ってたの、夢じゃなかった。どうしよう。わたし、宗太郎さんに。
「さっきの、違う。違うの、あの、夢だと思ってだから」
焦って言い訳をする。最悪だ。恥ずかしくて顔が熱い。
「……夢だと人に抱きつくのあんた」
「え」
墓穴を掘ったって、こういうことを言うのかもしれない。
「ち、ちが、さっきのは、なかったことに」
「やだ」
どうしよう。絶対怒ってる。
「ごめん」
謝って、それでも空気は変わらなくてどうしよう。
どうしようって、ずっと思っていたら宗太郎さんが動いた気配がして右肩を強く押されて背中が布団に着地。宗太郎さんの後ろに天井が見えた。
「俺は言ったから、あんたも言ってよ」
何を、なんて訊けなかった。電話越しの声、思い出してしまった。
今すぐこの場から消えてしまえればいいのにって、本気で思った。
「やだ。どいて」
宗太郎さんが近い。近いのは怖い。全部見られてしまいそうで、怖い。汚いわたしを全部、見られてしまう。
肩を押さえ付けている宗太郎さんの手をどかそうとして、触るのが嫌だったから袖を掴んだら、眼鏡の向こう側の目が細くなった気がした。
(あ)
「や、放し、て」
とっさに声が出た。布越しだった宗太郎さんの手が、直接わたしの手首掴んで押さえ付けた。熱い。
腕は少しも動かない。力の差。他人がすぐ傍にいる。わたしに触れている。こわい。
「太い腕のわりには力ないな」
宗太郎さんの、こういう笑顔は好きじゃない。
――伊織は本当に泣き虫ねえ。
よくそう言われたのを思い出して溢れそうになった涙を堪える。
「伊織」
空耳。だと思った。
だって、名前、を。宗太郎さんが。
名前。
わたしの、名前。
(あ)
「ごめん」
涙、堪え切れなくて溢れてしまったから謝った。両手、宗太郎さんが押さえていて動かせなかったから顔を隠せなかった。
「なんで」
なんで。訊かれたのは多分泣いた理由。
「名前」
つばを飲み込んで宗太郎さんの口を見た。近い距離。
「わたしの名前。好きなのに、呼んでくれる人、みんないなくなって」
声はちゃんと出せた。よかった。
「呼んでもらえたの、嬉しかったから」
最後の一言は、目を、見て。
「ありがとう」
ちゃんと言えた。よかっ
「伊織」
宗太郎さんの顔が見えなくなった。
息ができなくなった。
頭、真っ白に。
口に、何か。
当たって。
熱い。
やだ。
何か。
入って。
ぬるりと。
(こわい)
目を閉じた。
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