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「茜に手を出したら殺すぞ」
まだ小学二年生だった僕に、学ラン姿の浩行さんはそう言った。
アキちゃんの憂うつ01
大好きな女の子のうちにはじめて遊びにきて、ぼくはちょっとだけ緊張していた。 しかもその子の部屋に二人きり。しかも今日こそはちゃんと、好きって言うつもりだったから。
「あのさ、あかねちゃ」
せっかく、勇気を出して何とか声を出したのに。
「お前、男?」
いきなり部屋のドアが開いて、あいさつもなしに、おどろく間もなくぼくにそう尋ねてきたのは、大好きな女の子のお兄さんだった。
「あの、はじめまして。ぼく、あかねちゃんと同じクラスの秋山佐之介です」
せっかくのチャンスを邪魔されて、ちょっと腹が立ったけど、持っていた飲みかけのジュースの入ったコップを置いて、ぼくはちゃんとあいさつをする。
女の子に間違われることは何度もあるけど、初対面の相手にこういうことをいきなり訊いてくるのは失礼だと思う。向こうがちょっとおとなで、ぼくがまだこどもだということをぬきにしても。
「……茜」
お兄さんの視線がぼくからあかねちゃんに移る。
ぼくのとなりでジュースを飲んでいたあかねちゃんが、びくっとふるえた。
「“アキちゃん”ってこいつのことか?」
「う、うん……」
「男だなんて聞いてない」
「あ、あのね、アキちゃんすっごくかわいいでしょ?」
あかねちゃんのほうがかわいいのに、あかねちゃんはぼくのことをいっぱいかわいいと言ってくれる。
ぼくとしてはかっこいいって言ってもらえるほうが嬉しいけど、あかねちゃんが言ってくれるなら「かわいい」でもいいかなって思う。
「そんなことを訊いてんじゃねえよ、ボケ」
泣き出しそうなあかねちゃんもやっぱりかわいいと思った。
「出て行け」
「えっ?」
「こいつと話があるから出て行けって言ってんだよ」
あかねちゃんは困ったようにぼくとお兄さんを見比べて、それから立ち上がった。
「アキちゃん、ごめんね」
小さく言ってあかねちゃんは、入り口のところに立っていたお兄さんのわきをすり抜けて、部屋を出て行ってしまった。
残されたぼくは、とりあえず正座をしたままお兄さんが入ってくるのをながめる。
「茜に手を出したら殺すぞ」
ぼくの真正面に腰を下ろしたお兄さん。
ぼくが八歳だってことをわかって言ってるのかな。
そうだとしたらちょっとあぶない人だ。
「そういうのって“しすこん”って言うんですよ」
お兄さんのまゆげがピクリと動いたのは見なかったことにして。
「それか“ろりこん”」
あかねちゃんはよくお兄さんの話をしてくれる。
だいたいは、こんなひどいことをされたっていう内容で、口では大嫌いだって言ってる。
でも本当は大好きだってことをぼくは知ってる。
だってあかねちゃん、お兄さんの話をしてると、ときどきすごく嬉しそうな顔するんだもん。
昨日だって、いっしょにお風呂に入ったって。
「あかねちゃんはぼくのことを好きだって言ってくれました」
きっとそれはお兄さんの次にってことなんだろうけど、悔しいからこの人には教えてあげない。そう思ったのに。
「それは俺の次にってことだ。勘違いするな」
あまりにも自信満々に言い放つから、ぼくはこの人にはかなわないのだとわかってしまった。
「……こども相手にそういうこと言って、はずかしくないんですか」
「十年後には大人だろ。出る杭は打っとかねえと」
お兄さんはまだちょっと怒ったような表情のまま言った。
こども相手にむきになるなんて、おとなげない人だけど、それでもやっぱりぼくよりおとなで、ぼくよりあかねちゃんを幸せにできる人で。
こうしてぼくは淡い恋心を――。
「――諦めなければよかったんですよね、こんなことになるなら」
『あ?』
思わず洩らした一言に、電話の向こう側で浩行さんが不機嫌そうに聞き返してきた。
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