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何も思いつきで言ったわけじゃない
禁じられた遊び
平日の日中、道は混む。
営業の助っ人として借り出された帰り、運転手を買って出た後輩が声を上げた。
「お。女子高生」
女子高生くらい世の中には溢れかえっている。
別に反応するようなものでもない。
手元の書類に目を落とした。
「いいですよねぇ。女子高生」
変態チックな後輩の発言をあっさり無視。
「最近の若い子はやけにスタイルがいいから。」
変わっても変わっても、そこに行き着くまでに再び赤色を点してしまう信号機のせいで
のろのろ渋滞は続く。自然、無駄話も続く。
そのセリフに反応したのか、右隣にかけていた同僚の女がこれ見よがしに足を組む。
スリットの入った短めのスーツのスカートから曝される足は十分に誘いにはなるのだろう。
強い香水の香り。
「本当に。いいわよねぇ。若い子は可愛いわ。」
意味深な笑顔をにっこりと振りまきながらこちらを見た。
その目は、自分もまだまだ負けていない、所詮ガキではないかという
女性特有の勝気さが感じられ少しうんざりとした。
射殺されるのではないかと思うほど、じっと見つめてくる同僚の目から逃れようと
窓の外を見た、そのとき。
街路樹から漏れる木漏れ日の下を、友人と笑いながら、歩いているのは紛れもなく。
決して見まごうことのない、その姿。
一瞬強い風が吹き、スカートが舞い上がる。
見える、まではいかないものの、その際どさにこちらがハラハラした。
短すぎると、言ったのに。
あれは決して思いつきで言ったわけではないのに。
現に他の男に前でその姿を曝していることにイラ立ちが抑えられない。
当の本人は別段気にも留めない様子で軽くスカートを押さえ、談笑している。
風が、髪を揺らしていた。あの柔らかい、髪を。
風が、憎いと思った。
・・・・触れたい。
通りの向こう側の歩道の茜に釘付けになっている自分を尻目に
運転席の後輩は能天気にのたもうた。
「あの子、かわいくないですか?あのセミロングっぽい感じの。」
・・・・・その瞬間。
後部座席から前を思いきり蹴り上げるどかん、という音が響き、軽く車体が揺れた。
*******
「…ただいま。」
家に帰ると茜はまだ制服のままだった。
帰ってくるのが遅かったのだろう。
今日たまたま目にしたのが自分であっただけで。
街を歩けば、自分以外の人間がどれだけ茜の姿を見ていることか。
どす黒い感情が巡る。
「茜」
自分で思っている以上に低い声が出た。
こちらの不機嫌を察しているのか少し緊張した面持ちで「なに」と応える。
「お前ちょっとこっち、来い。」
ソファの自分の隣を指差した。
おずおずとやってくるその手を思いきり引き寄せるとあっけないほど簡単に自分の
胸の中に収まった。
風に揺られていた柔らかい毛が、頬をくすぐる。
髪を手で梳くたび、鼻腔に、甘いシャンプーの香りが届いた。
「・・・せっかく人が忠告してやったのに」
耳元でそっと囁く。
え、と振り返るより先に簡単に思い通りに出来そうな華奢な身体をソファの上に組み敷いた。
「お・・・・にい、ちゃん?」
驚きで丸くした目でじっとこちらを見つめてくる。
こういう表情は昔から何一つ変わっていない。
愛おしい。それを凌駕するほどに、人の話を聞き入れなかった茜に苛立った。
めがねを外し、サイドテーブルの上に置く。
かつん、という音がやけに響いた。
「な、にす、」
この状況に。
よほど混乱しているのだろう。途切れ途切れにしか声が出てこない。
片手で茜の両腕を押さえつけ、自分のネクタイに手をかけると、しゅるり、
という音を立て今日一日この身に着けていたそれが外れる。
硬直状態の茜の腕を、縛り上げる。
「忠告してやったろ?長くしろって。」
意地悪く笑いながら制服の胸のリボンを外しボタンに手をかける。
三つ目まで外れたところでようやく我に返った茜が弱々しく叫んだ。
いつもの威勢はない。
「やっ・・・・やだっ!!!!」
自由にならない腕を持て余し、この身体の下で、足掻くその姿。
身体の芯が、熱を帯びる。
「やだやだやだっ・・・・!!」
胸元に口唇を寄せ強く吸い上げ赤い欝血を残したときには涙が、零れていた。
「いやぁっ・・・・っっ」
そうやって、いくらでも怯えればいい。
ただ、この「自分の存在」に、感情が左右されるように仕向けるたびに
狂気にも似た想いを抱くのはなぜだろう。
怯えて。泣いて。そんな茜さえも愛しいとは、決して口には出来ないけれど。
そっと口唇を重ねると、かすかな震えが伝わってきた。
かちかち、と歯が規則的にかみ合う音がする。
舌でそっと口唇をなぞると、びくっと反応した茜がわずかに口を開く。
「噛むなよ。」
一言そう告げて、軽く舌を差し込み、怯える舌に軽く絡めただけで、茜は完全に硬直した。
ぎゅっと力いっぱい閉じられた目から零れ落ちるのは、涙。
さすがに遊びが過ぎたかもしれない。
これ以上は自分のためにもならない。
そっと身体を離すと、頬を伝う涙を口唇で拭った。
ゆるゆると茜の目が開く。
その視界はきっと涙で曇っているのだろう。
縛り上げていたネクタイを解くとようやくほっとしたように茜は開かれた胸元をかき抱いた。
「と・・・・突然なにすんのよ!変態!!」
潤んだ目で精一杯の抵抗。すべては今更。
「お前が悪いんだろ。」
「何がよ!」
「スカート、短すぎるって言っただろ」
「はぁ?!」
*******
帰宅後、とてつもなく機嫌の悪かったクソ兄貴は、何をどうトチ狂ったのか
信じられない行動に出た。
悔しいけれど、怖くて。
熱で浮かされているでもない、普通の状態で、こんなことになっていることの
意味がわからず、いつもと違う目をしたクソ兄貴が、別の人に見えて、
震えが止まらなかった。
口唇の隙間からクソ兄貴の舌が差し込まれたとき、あたしの思考回路は
完全にストップした。
けれど、それ以上何かするでもなく。
零れ落ちた涙を、クソ兄貴が拭う。
拘束されていた両腕が自由になったとき、心底ほっとした。
人間は両手の自由が効かなくなるとあんなに不安になるものなんだ。
そのあとで。
いささか機嫌がマシになったように見えるクソ兄貴はますますワケのわからない
ことを言った。
「スカート、短すぎるって言っただろ」
そういいながら、その裾に触れる。
神をも思わせる早業でスカートの内、あたしの足にクソ兄貴の手が触れていたのは、別にあたしが
隙だらけだからとかじゃない。絶対違う。
こいつが変態だからだ。
思いきり払いのけてやろうと、手に力をこめたとき、クソ兄貴は言った。
「ここにも、同じモンつけてやろーか。」
そうしたらこんな短いので出て行けないだろ。
にやり、と笑い、あたしの胸元を指し示す。
虫刺されのような、赤い痕が残っていた。
これが一体なんなのかわからないほど子供でなくて、
かといって受け流せるほど、大人でもない。
クソ兄貴は余裕たっぷりに笑っていて、こんなものは何でもないことで。
きっと、ちょっとした悪戯・・・・お遊びにすぎないのだろうけれど。
あたしは・・・・・あたしにとっては・・・・・!!!
「馬鹿!ど変態!!!!」
お腹の底からの声で目の前で可笑しそうに笑うクソ兄貴を罵倒したのは
いうまでもない。
・・・・・ただひとつだけ。
ソファから立ち上がり、いまだ座り込んだままのあたしの頭を、
大きな手で、軽くぽん、と叩いてくれたことが
いつものあたしを呼び戻してくれたなんて・・・・・
絶対言ってやらない。
*******
デスクの引き出しを開けたとき、その中身に目をやった後輩が目ざとく声を上げる。
「かわいいっすね。中学生。妹さん、ですか?」
卒業式の日。早咲きの桜の舞う中で写った笑顔の茜。
「いや。」
先のセリフを否定する。
「え、じゃあ姪っ子さ・・・・・」
「婚約者。」
「・・・・へ。」
後輩の間の抜けた声と、フロアの静まり返る気配。
後輩の手から写真を抜き取り机に戻す。
「婚約者。」
もう一度繰り返して引き出しを閉める。
固まったままの諸々を尻目に、オフィスを出た。
今日はおそらく茜より早く着くだろう。
以前より少し、ほんの少しだけ長くなったスカートのあいつを
出迎えてやろう。
written by みなみ
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チャット記念と言うことで、またまた、みなみさんからいただいてしまいました。
(そしてまたまた図々しく、サイトにアップをお願いしてしまいました)
ふとした思い付きで書いた100のお題の「スカート」が、こんな素敵な話に繋がるなんて思ってもいませんでした。
報われないことが多くて近頃妙にあほっぽかった兄もとても素敵で……。
自分では書きたくてもうまく書けないでいた兄の姿を、たっぷり堪能できて幸せです。
言いたいことは他にもたくさんあるけれど、ちゃんとした言葉が出てきそうにないので自粛します。
みなみさん、本当にありがとうございました。
2004.08.31雪平かなめ
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