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 二月十五日

「おい」
 昼休み、お弁当を食べ終わってぼーっとしていたら聞いたことのある声がした。
「おい、坂口伊織」
 名前を呼ばれてびっくりした。見たらつんつん頭が入り口のところでわたしを呼んでいた。どうしよう。
 神くんは今日は休みでいない。
 どきどき、心臓が急にうるさくなって、机を見つめてもう一度つんつん頭を見たら手招きされた。名前も呼ばれたからつんつん頭はわたしに用があるみたい。どうしよう。
 どうしようって思ったけど、気づかなかったことにもできなくてつんつん頭が睨んでるのがわかったから立ち上がって廊下に出た。
「お前さ」
 つんつん頭はそこで言葉を止めて横をちらっと見た。つられて見たら同じクラスの男子が何人か廊下で喋っていた。そのうちの一人と目が合って慌てて逸らした。
「ちょっと、こっち」
 つんつん頭のあとについていく。あまり人が通らない階段下。
 前も、こんなことがあった気がする。つんつん頭にいきなり怒られた。そのときと同じ感じ。つんつん頭は今日も怒ってる。
「昨日、何の日だったかわかってる?」
 昨日。二月十四日。それから思い浮かぶのは一つしかなかった。
「バレンタインデー……?」
「渡さなかっただろ、チョコ」
 つんつん頭がわたしに言うのは、いつも神くんと宗太郎さんのことで、だからこれも多分二人のこと。
「俺もいちいち世話やくつもりないんだけど、坂口伊織のことで何かあると俺にまでに火の粉が飛んでくるんだよ」
 チョコ。もし、二人にあげたら、喜んでもらえたのかな。
「聞いてんのか、おい」
 おでこをこつんと小突かれて、びっくりして押さえた。
「うん、聞いてる……聞いてます」
 つんつん頭が先輩だったことを思い出して慌てて言い直す。
「あいつら、何かすっげー期待してたみたいでさ。だから今日の帰りにでもいいからさっさと渡してこい。宗太はわかんないけど孝太ならアパートで落ち込んでるから。なんだったら俺、ついてってもいいし」
「で、でも、チョコ、ない」
「そんなの買って行けばいいだろうが」
「……今日、お金、持ってきて、ない」



 放課後、何故かまた階段下でつんつん頭と待ち合わせ。
 つんつん頭は鞄の中からがさごそ何かを取り出した。
「とりあえずこれでも渡しとけ」
 赤い包装紙の小さな箱が二つ。
「昨日たまたま同じの二つ貰ったから。持って帰んの忘れてたけどちょうどよかった」
「え、でも」
「気にすんな。両方とも思い切り義理だし。とにかくあいつらは坂口伊織から貰えれば何でもいいんだから」
 それでも受け取れないでいたら。
「だーかーら。お前が渡さないと俺がとばっちりくうの。あいつらに絡まれるのがどんだけ大変かお前ならわかるだろ」
 苛々した声に押されて赤い箱はわたしの手の中。
 本当にいいのかなって思ったけど、つんつん頭が絶対に今日中に渡せよって念を押してきたから頷いた。つんつん頭は神くんと宗太郎さんにいつも何をされているのか気になったけど、訊けなかった。
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫。です」
 つんつん頭は先にバイバイ。わたしはつんつん頭に貰ったチョコをしまって迷って一歩。
 わたしがチョコをあげないとつんつん頭に迷惑がかかるらしい。どうしよう。



 やっぱり駄目だ。

 どうしようって思いながら神くんのアパートまで来て、勢いに任せてドアをノックして、パーカー姿の神くんが出てきて後悔した。
 義理でもつんつん頭が貰ったチョコをあげるなんて、やっぱり駄目だ。
「あの、ごめん、チョコ用意できなくて、あ、い、いらないよね、別に。ごめん」
 焦って一気に言ってから、いきなり凄く変なことを言ったって気づいた。
「あ、違う、そうじゃなくて、いきなり来てごめ」
 ん。最後まで言う前に、左手を引っ張られて部屋の中。後ろでばたんとドアが閉まった。
「昨日は、坂口さんからチョコ貰えるの楽しみにしてたから、結構ショックだったんだけど」
 左手、握られたまま。
「あ、ご、ごめん」
 左手、少しだけ動かしたら神くんの右手からするりと抜けた。
「あの、明日でも」
「チョコよりも坂口さんが欲しい」
 玄関の段差でいつもより高いところにあった神くんの顔を見上げたら笑ってたからわたしも笑顔を作った。ひきつってうまくできなかった。変な顔してるかもしれない。
 神くんの笑顔は時々怖い。
「肩にごみ付いてる。右の」
 言われて慌てて見たら、神くんが動いた気配がして。
「ごちそうさま」
 左の頬に何かが当たって離れていった。肩にごみは付いてなくて、神くんは笑顔のままだった。顔が熱くなった。今の、何。
「俺にもちょうだい」
 神くんの後ろから声がして、宗太郎さんがひょっこり顔を出した。
「え、何を」
 混乱してうまく考えられなくて顔が熱くて宗太郎さんがわたしのほうに。顔が近づいてきてどうしようって思って逃げられなくて目を閉じて下を向く。自分のじゃない手に髪をかき上げられて今度は右の頬に変な感触。宗太郎さんの、息がかかって背中がぞくっと震えた。

「今日は、ほっぺにちゅうで我慢しとく」
 神くんが笑顔でそう言うのを聞きながら、ドアを開けてそれじゃあって言った。その後にも一言二言やりとりしたけど、ふわふわしててよくわからなかった。ほっぺにちゅうって言った神くんの声が何故か頭の中でリピート。
 つんつん頭がくれたチョコ、明日返しに行かないとって思ったらおなかが痛くなった。

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