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 神のみぞ知る

 好きです。
 多分そういう動きをした口からはそれっきり目を逸らした。何かまくしたてている声は耳障りな音にしかならない。
 人が来ないから座っていた開放されていない屋上へ続く階段の一番上。
 突然現れて数段下まで来て、顔も名前も記憶にはあるけれど思い出すのも煩わしい誰かは、雑音をまき散らし終わってもそこからどかない。
 まだ大分残っている昼休みが終わるまで粘るつもりか。
 しばらく無視すれば逃げるように去っていくのもいるけれど、こっちが何か言うまで動こうとしないのもいる。後者の場合は追い払うか俺がその場を去るかのどっちかで、一人の時間を邪魔されていつもより余計に苛立っていた俺は追い払うほうを選択した。
「今から三秒以内に宗太郎を殺してきてくれたら付き合ってもいい」
 どういう反応をするかも興味ないから顔を上げないまますぐに続ける。
「三、二、一、ゼロ。はい、消え――」
「そんなに殺したいなら自分で殺しなよ」
 初めて意味を持つ音として声が聞こえた。だからもう一度だけ目をやった。気の強そうな目が俺を睨むように見ていた。
「断り文句のつもりならもっとはっきり言って。神くんのこと、好きだけどやっぱりそういうところは好きになれない」
 ああ、気が強そうなんじゃなくて実際に強いんだ。うっとうしい。
「大体、勇気を振り絞って告白する女の子に対してそういう態度はとっちゃいけない」
 勝手に告白してくるくせに何だそれ。
 好きになってくれなんて誰も頼んでいない。好きも嫌いもいらない。無関心でいい。
「わかったから、ホントもうどっか行って」
 雑音にもならない声がうるさい。
「どっちが本当の神くん?」
「何が」
「私が落とした消しゴムを拾って笑顔を見せてくれた神くんと、今の神くん」
 思わず訊き返してどうでもいいけれど蓄積されている記憶を無意識のうちに探して見つけてしまった。二年も前の、今よりは少しましだったくらいの頃の。
 いつも思い出したときに適当に作っている笑顔でも、あるのとないのとではそれなりに違うのか。しばらく忘れていた笑顔を貼りつけた。
「どっちも俺だけど」
「……何となく、薄々とは気づいていたけど私の目はどうやら節穴だったみたい」
「はっきりわかってよかったね。おめでとう。さようなら」
「神くんのこと思い切り引っ叩きたい気分だけど既に痣があるからやめておいてあげる。とりあえず二年も夢を見させてくれてありがとう。さようなら」
 視線を外す前に涙が数滴落ちていくのが見えた。
 長い髪がふわりと舞って誰かの背中が遠ざかっていく。そんなもの、見送る義理もないことに気づいたから目を閉じて深く息を吐き出した。
 足音も完全に聞こえなくなってから両脚に腕を置いていたせいで丸くなっていた背中を伸ばして今度は後ろに手を突いて上を見上げた。天井が遠い。
 たかだか十五年生きただけで、この先の人生を全て悲観するのは馬鹿らしいとどこかで思う。でも宗太郎がいる限り、何年生きたって何も変わらない。変わるなんて思えない。
 ――好きです。
 最近は普通に一緒に遊んでいた友達でもなかなか近寄ってこない俺に、わざわざそんなことを言いにくる奴らは確かに相当度胸がある。
 言われる度に不快になるその言葉を俺自身が口にする日が来たら少しは光が見えるのか。
 恋をすれば、さっきの誰かみたいに少しは強くなれるのか。
 一人の女を好きになる自分が想像できないけれど、もし好きになったらろくな愛し方をしないのは想像しなくてもわかる。今はうっとうしいだけの好意も俺から求めて。
 くだらないことを考えたはずなのに何故か気分がよくなったから、宗太郎の存在も一瞬だけ許せた。
 まだ見ぬ、もしかしたら一生出会わないかもしれない愛する人。出会わないほうが俺にしがみつかれて不幸になる人間が一人減っていいのかもしれないけれど、俺は俺の幸せを望むからどうか出会えますように。

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