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 幸せな日

 夏服になった。暑くてもワイシャツは長袖のまま。半袖のワイシャツは出さない。後ろの席に神くんがいるから。神くんはきっとどうでもいいって思っているけど、肌を見られるのは怖い。本当はスカートも嫌だ。全部、隠してしまいたい。

 昼休み、おなかがふくれてうとうとしかけていたら、つんつん頭が教室に来た。
「あれ、孝太は?」
 自分の教室みたいに入ってきて、わたしの席の横で止まって言ったからわたしが答えないといけない。神くんは四時間目が終わったらすぐに教室から出て行ってどこに行ったのか知らない。だから首を横に振った。
「保健室にでも行ったかな」
 つんつん頭は目立つ。ここは二年の教室でつんつん頭は三年生。でもよく来るからつんつん頭が神くんの友達ってことは三組の人は多分知っている。今もまた神くんに会いに来たんだろうって感じで教室はいつものざわざわした昼休みの雰囲気だった。
「そういや明日だけど何用意した?」
 今のもわたしに訊いたのかな。信号色の上履きのつま先は少しだけわたしの方を向いているけど、何を言っているのかわからないから答えられない。思い切って、つんつん頭の顔を見上げた。一瞬。目が合って、やっぱり怖くてすぐに下を向いて机を見た。
「……明日が何の日か、もちろん知ってるよな?」
「知らない。です」
 声、思ったよりも出なくてつんつん頭に届かなかったかもって思ったけどちゃんと届いたみたいだった。空気が、変わった。前にもあった。こんな感じ。
「ちょっと、来い」
 低い声。嫌だって言えなかったからつんつん頭が教室を出た後、少し遅れてわたしも教室を出た。廊下には誰もいなかった。
「もっかい訊くけど、本当に明日が何の日か知らないのか?」
 明日は六月七日。考えたけどやっぱりわからなくて頷いた。つんつん頭は大きなため息をついた。
「明日は宗太と孝太の誕生日なんだよ」
「え」
 誕生日。二人の。知らなかった。いつだろうって、考えたことはあった。プレゼント、あげるなら何がいいかなって想像してた。
「つか、誕生日くらい最初に訊いとけよ」
「ごめん、なさい」
「お前がちゃんとしないと俺が大変な目にあうんだよ。この間だって――」
 ぶつぶつ言っていたつんつん頭がふと思い出したように、わたしに尋ねてきた。
「そういやお前はいつ? 誕生日」
 息が、一瞬詰まって頭の後ろが痺れる。大丈夫。何でもない。ただ誕生日を訊かれただけ。大丈夫。
「七月、三十一日」
「夏休みか。プレゼント何かいる?」
「いらない。です」
 答えた後で冗談だって気づいた。つんつん頭のこういう冗談は好きじゃない。
「いらないなら別にいいけどさ。とにかく明日は何でもいいからプレゼントを用意して渡せよ」
 わかったな。つんつん頭に言われて頷いて教室に戻った。
 神くんと宗太郎さんの誕生日。わかって嬉しい。プレゼントはどうしよう。前に考えたときは決められなかった。
 わたしからのプレゼントなんていらないかもしれないけど、つんつん頭にも用意しろって言われたし、今までのお礼もしたい。いつもわたしが貰ってばかり。

 学校帰り、途中の商店街にある雑貨屋さんに入ってみた。毎日前を通ってるけど入るのは初めて。
 今日は帰りにスーパーで買い物をする予定だったからお金はある。
 小さなお店にいっぱいの雑貨。明るい店内には同じ制服の女の子が何人かいた。通路が狭いから気をつけながら壁際の棚に並んでいる動物の置物を見る。二人には何がいいのかな。ブタのスリッパが可愛かったけど、二人にはちょっと合わない気がする。マグカップ、キーホルダー、タオル。何にしよう。
 誰かのために何かを選ぶって、凄く幸せ。嫌がられたらどうしようとか、不安がないわけじゃないけど神くんはやさしいから、そういうのは顔には出さないできっと喜んだふりをしてくれる。宗太郎さんは顔に出しそうだけど、冷たい人ではないからつき返したりはしないはず。
 あ。
 プレゼント、どうやって渡そう。学校で渡したら神くんに迷惑になるし宗太郎さんには渡せない。神くんの家に行くのは、もしかしたらもっと迷惑かもしれないし、やっぱり宗太郎さんがいるかわからない。
 どうしようって思ったら気持ち悪くなってお店を出た。何も買えなかった。

 電車に乗っている間ずっと考えて、残るものより食べるもののほうがいいと思った。この間貰ったバナナケーキが凄くおいしかったのを思い出して、決めた。
 駅前の本屋さんでバナナケーキの作り方が載っている本を一冊買って、スーパーで材料も買った。

 オーブン、使うの久しぶり。テーブルに敷いた新聞紙が粉まみれになったけど、生地は思ったより簡単にできた。
 オーブンの中にはカップが五つ並んでいてあとは焼き上がるのを待つだけ。椅子に座って新聞紙にこぼれた小麦粉を見た。そうだ、今のうちにテーブルの上を片付けておこう。
 ラッピング用に、透明な袋と赤いリボンを買った。カップごとケーキを入れるのにちょうどいいと思ったけど、よく考えると中身が丸見えでちょっと恥ずかしい。
 テーブルの上がきれいになって椅子に座って息を吸う。いい匂い。
 宗太郎さんに電話して、明日神くんのところにいるのか訊いてみたほうがいいのかな。電話番号、教えてもらった。いきなりでびっくりしたけど嬉しかった。
 宗太郎さんに電話。神くんに繋がらなかったらかけてもいいって言っていた。神くんに繋がらなかったら。神くんに電話、するのも駄目だ。朝、神くんと二人きりの時間がある。神くんにはそのとき渡して、それから宗太郎さんに会えるか訊こう。うん、それがいい。決めたら少し気持ちが楽になった。
 赤いリボンを結んだ袋は四つできた。袋にはカップが一つしか入らないから、これを神くんと宗太郎さんに二つずつ。
 一つは味見。あの人が持ってきてくれたのとはやっぱり違った。
 神くんの困った顔と、宗太郎さんの眉間に寄ったしわを想像してしまった。



「はよ」
 靴から上履きに履き替えているところで神くん登場。
「お、はよう」
 おめでとうって言いそうになって慌てておはようにした。いきなりそんなことを言ったら変に思うかもしれない。
「英語の宿題やった?」
「一応やったけど、わからないのが結構あって、当てられたら困るな」
「坂口さん、英語得意じゃなかったっけ?」
「得意じゃないよ。全然。わたし頭悪いから」
「でもテストでは点数よかったよね」
「あれは、覚えてたところが出ただけで」
 普通の会話。うまく話せていないかもしれない自分が嫌で、目をぎゅっと閉じた。階段の途中。二人きりの時間におめでとうを言ってプレゼントを渡して、それから宗太郎さんのことを訊こうって、昨日決めたことを頭の中で練習していたのもいけなかった。
「あ」
 右足がひっかかって、転んだ。と思ったのに転ばなかった。その代わり左腕が痛かった。
「大丈夫?」
「あ、ご、ごめん、ありがとう」
 左腕を神くんが掴んでいて、支えてくれたんだって気づいたから慌ててお礼を言った。
 すぐに離れていった右手を捕まえたいと思った。思うだけ。夢見るだけ。それだけでいいのに。嘘。それだけじゃ足りないから酷いことをしている。
「坂口さん」
 階段の途中で止まってしまった足。神くんに顔を覗き込まれてびっくりした。
「大丈夫?」
 もう一度訊かれて頷いた。足を動かす。
 教室には誰もいなかった。いつもと同じ一番乗り。自分の席に座って後ろの席の神くんの気配を窺う。チャンスは今しかない。後ろを向いて。
「あの」
「ん?」
 左手で頬杖をついていた神くんの目とぶつかる。神くんがわたしを見ている。神くん。手に入れたかった遠い人。近づいたら遠い人のままでいてほしかったって、どうしようもないことを思ってる。近づいたらわたしのことが見えてしまう。透明人間だったらいいのに。どんなに近づいても神くんにはわたしの姿が見えないの。考えたらどきどきして悲しくなった。本当はずっと見てもらいたかったのに。わたしを。
 声をかけたまま余計なことを考えてぐるぐる抜け出せなくなった。
「坂口さん?」
「あ、ごめ、ん、あの」
 誕生日おめでとう。いつもありがとう。これ、一応プレゼントで。
 用意していた言葉が出てこない。早く。神くんが変に思う。リュックの中に忍ばせた左手がバナナケーキの入った袋に触った。神くんがあのバナナケーキを食べていないわけがない。だってあれを作ったのはあの人のお母さん。つまり神くんと宗太郎さんのお母さん。あれと比べたらわたしが作ったのはきっとあまりおいしくない。ちゃんと味見したからわかる。でも、せっかく作った。二人のために作った。だから。
「あの、誕」
 後ろの入り口から三人目の人が入ってきたのが見えた。最後まで言えずにわたしは慌てて前を向いた。
(どうしよう)
 もう学校では言えない。渡せない。二人きりの時間は終わってしまった。神くんに一緒に帰ろうって言って、家までついていくのはおかしい。
 バナナケーキも失敗だった。もう六月だから、放課後までリュックに入れっぱなしにしていたらきっと駄目になってしまう。
 泣きたくなって唇を噛んだ。一人で馬鹿みたい。


 プレゼントはあげられなくても、せめておめでとうだけは言いたい。
 一度家に帰って、制服のまま頭まで布団を被って泣いたら少しすっきりしたからそう思った。
 行こう。


 色々考えると足が止まってしまう気がしたからおめでとうを言うことだけを考えて前に進んだ。神くんの家までの道も慣れてきた。あと何度この道を通れるんだろう。実家。宗太郎さんが住んでいるところはどこなんだろう。
 気がついたらやっぱり余計なことを考えていて、でも足はちゃんと前に進んでいたから大丈夫。

 コンコン。
 ノックして、言葉を出す準備をしたけど何の反応もなかった。もう一度ノックして、ドアの向こうには誰もいないんだってわかった。
(本当に、馬鹿みたい)
 こんなところでは泣かない。唇をぎゅっと噛み締めて下を向いていた顔を上げた。
 リュックを下ろして中から筆箱と生徒手帳を出した。
 ボールペンでメモ用のページに二人へのメッセージを書いた。
『誕生日おめでとう。いつもありがとう。二人のこと、大好きです』
 手が勝手に動いて、入れるつもりのなかった文章が入ってしまった。書き直そうと、思ったけどやめた。別に変な意味じゃない。純粋に、人として。だからそのまま残した。二人ならちゃんとわかってくれるはず。
 ――好きって言って。
 いつかの声が聞こえた。もしわたしが言ったら、宗太郎さんは何て思ったのかなって、考えたことがある。そのときはいいほうに想像してどきどきした。今は、悪いほうだ。
『大好きです』
 こんな言葉、どんな意味でもわたしから貰ったって気持ち悪いだけ。破ったメモに汚い字。こんなものを残して、わたしはどうするつもりなの。
「坂口さん」
「ごめん」
 神くんの声が聞こえたから思わず謝って、あれって思った。
「何かあった?」
 やさしい声。左を向いたら神くんがいた。
「え、あれ、今、帰り?」
「ん。坂口さんは?」
「あ、あの、一度家に帰ったんだけど」
 けど。その後を続けられなかった。
「……こんなところで立ち話もなんだし、中に入ろう。それ何?」
 両手に持ったままになっていた紙を、神くんが覗き込んできて、びっくりして落とした。わたしが拾うよりも先に神くんが拾ってしまう。
 書いてあること、見られたら駄目だ。
 慌てて神くんの手から取り返そうとしたら、神くんが紙を持った手を高く上げて届かなかった。
「か、返して」
 顔に血が上る。神くんの目はしっかり書いてあることを見ていた。どうしよう。
「これを置いて帰るつもりだった?」
 恥ずかしくてコンクリートの地面を見つめた。
「ごめん」
 それから、言いたかったことを思い出した。せっかく会えたのにわたし何も言ってない。
「あの、誕生日、おめでとう。本当は、プレゼント、用意したかったんだけど、できなくて」
 神くんが黙ったままだったからどうしようって思っていたら。
「ありがとう」
 神くんは笑顔を作っていてくれた。それだけでよかった。拒絶はされていない。
「これ、俺が貰ってもいい?」
 神くんの手に渡ってしまった恥ずかしい置き手紙。
「ごめん、すぐに捨てて」
「なんで?」
「え、だ、だって」
 生徒手帳破ったやつだし、字も汚いし、余計なことまで書いてあるし。
「捨てないよ」
 神くんは本当にやさしい。神くんみたいになりたい。いつも背筋を真っ直ぐ伸ばして、人にやさしくできる、そんな人になりたい。
「ありが、と」
 また泣きそうになった。これは嬉しい涙だけどここでは流せない。
「宗太郎にも」
 神くんの声に大きく息を吸い込んで泣きたい気持ちを払う。
「宗太郎にも電話してやって」
 神くんの口を見る。
「今日はバイトでそのまま実家だから。九時くらいなら大丈夫だと思う」
「……迷惑じゃないかな」
「ずっと待ってるよ。坂口さん、まだ一回もしてないでしょ」
 神くんが何を言ったのかよくわからなかったから、一瞬だけ神くんの目を見て、すぐ口に視線を戻した。
「宗太郎、坂口さんから電話がかかってくるの、ずっと待ってる」
 携帯電話の番号。教えてもらった。
「神くんに繋がらなかったら、かけてもいいって」
「……俺にもかかってこないのにあの馬鹿」
 神くんが独り言のように呟いてからそれよりはっきりとした声で続けた。
「宗太郎には普通に電話して大丈夫だよ。もし怒ったとしてもそれは照れ隠しだから」
 宗太郎さんが照れるところはやっぱりうまく想像できない。恥ずかしいこと平気で言うし、する……駄目だ。余計なことは思い出しちゃ駄目。神くんの顔も見られなくなってしまう。
「ああ、もちろん俺もいつかけてきても大丈夫だから。出られなかったらかけ直すし」
 凄く嬉しいこと、言われた。嬉しい。本当はわたしが二人にあげないといけない日なのに、またわたしが貰ってる。
「ごめん、ありがとう」
 どれだけ言っても言い足りない言葉。あと何回言えるんだろう。いつか、本当の透明人間になってしまう日が来る。神くんがわたしを見なくなる日が、宗太郎さんが本当に何の関わりもない人になってしまう日が、来る。
「ん、あ、ごめん、用事思い出した。俺も駅まで戻らないといけないから一緒に行こう」
 いつかのことを考えるのはいいことだと思う。心の準備ができるから。心の準備。苦しくなって思い出すのは夏の日。夏の暑い日。真っ暗闇。何も見えない。息もできない。
(今は駄目)
 思い出すのも泣くのも夜でいい。
「一緒に行けない」
「え?」
「わたしも用事、あって急がないと」
 逃げるためにつまらない嘘を一つ。
「バイバイ」


 家に帰って鍵を閉めてチェーンもかけてわたしの世界。変わることのないわたしの現実。
 制服を着替えて布団を被って声を上げて泣いた。涙と一緒にわたしも流れてしまいたかった。


 九時くらいなら大丈夫だと思う。
 神くんの声を思い出して起き上がった。枕元の目覚まし時計はちょうど九時を過ぎたところ。電話、しないと。宗太郎さんにはまだ言ってない。おめでとうとありがとう。まだ伝えてない。
 神くんのとは違う十一桁の番号。急いでメモしたから後できれいに書き直した。暗記は苦手だけどちゃんと覚えた。
 呼び出し音はほとんど鳴らなかった。
『……はい』
 宗太郎さんの声だった。
「誕生日、おめでとう」
 言ってから順番が違うことに気づいた。
「あ、ごめん、間違えた、坂口です」
 つばを飲み込んでからもう一度。
「誕生日おめでとう。いつも、ありがとう。プレゼント、なくてごめん」
 ちゃんと言えた。よかった。
『……のに』
「え?」
 宗太郎さんが何か言ったけどうまく聞き取れなかった。
『孝太郎には、あるのに』
「……何、が」
『プレゼント』
 用意したバナナケーキは、まだリュックの中に入ってる。晩ご飯の代わりに、わたしが後で食べるつもり。お腹をこわしたら、それはそれでいい。
「わたし、神くんにも何もあげてないよ」
『置き手紙。になるはずだったやつ』
「あ、あれは、プレゼントとかそういうのじゃなくて、あ、え、宗太郎さんも、見た……?」
 二人に宛てたものだから、神くんが宗太郎さんに見せてもおかしくない。けど。
『見た。……馬鹿女』
「ごめん」
 変なことを書いたから、宗太郎さんは怒ってる。
『あんなこと書くな』
「ごめん」
『書くなら俺の分も書け』
「ごめ……え……?」
『今から取りに行く』
 聞き返す間もなく電話を切られた。
 今から取りに行く。宗太郎さんの言葉を頭の中で何度も繰り返した。神くんが捨てないって言ってくれた紙。あれを、宗太郎さんの分も。

 自分の部屋に戻って、生徒手帳をもう一枚破った。
 机に向かって昼間書いたのと同じ文章をもう一度書く。やっぱり、恥ずかしい。こんなのをわざわざ取りに来るなんて、宗太郎さんは何を考えているんだろう。
 ふわふわ浮き上がってきた気持ちを少しだけ抑えて机に伏せて電話が鳴るのを待った。溢れる感情は全部涙になってしまう。嬉しいのも悲しいのも苦しいのも全部。でももうすぐ宗太郎さんが来るから今は我慢しないといけない。
 そうだ、服。パジャマのままじゃなくて、着替えたほうがいいのかな。多分、紙を渡すだけ、玄関で済む用事。それにパジャマ姿を見られるのは初めてじゃない。
 一応、髪の毛だけ梳かした。

 いざ宗太郎さんを前にして、紙を渡す段階になって、本当に恥ずかしくなった。
「早く出せ」
「こんなの、持ってたって意味ないよ」
「出せ」
 できるだけ宗太郎さんの顔は見ないようにして、宗太郎さんの右手に紙を乗せた。乗せたらわたしの右手はすぐに引っ込める。
 宗太郎さんがどんな顔をして手の中の紙を見ているのかはわからなかった。
「……下手くそ」
「ごめん」
 じゃあ返してよって、言いたかったけど言えなかった。
「伊織」
 名前。呼ばれたから顔を上げた。宗太郎さんの目とぶつかった。一瞬だけ、目が細くなって。
(笑った)
 神くんじゃない。宗太郎さんが。意地悪な笑いじゃない。一瞬だったけど、はっきり見た。
 びっくりしてその後いつもの不機嫌そうな顔に戻った宗太郎さんがバイバイって言ったのに返せなかった。
 ドアが閉まっておしまい。鍵とチェーンをしっかりかけて、また一人。すぐに消えてしまった宗太郎さんの笑顔の余韻に浸って目を閉じた。

 今日は、もう泣くのはやめよう。今日は二人の誕生日。幸せな日。

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