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012:ガードレール
会社の後輩との浮気が発覚した恋人を助手席に乗せてレッツドライブ。
「あなたのことを責めるつもりはありません。男なんてそんなもんだと思っていますし」
「……はい」
「自分から白状したということは反省していると受け取っておきます」
「はい、猛烈に反省しています」
「ただ」
助手席で彼が身を竦ませるのを視界の端でとらえる。
「浮気がいつしか本気になることもあるわけです」
「いや、そんなことは」
「そんなことになったら私は耐えられないのでこのままあなたと一緒にガードレールに突っ込む覚悟でいます」
「え!」
「今回はあくまで覚悟です。私はそれくらいあなたに本気です。だから次にこんなことがあったら何をするかわかりません」
日帰りのドライブにしては大分遠くまで来てしまった。普段なら心奪われる夜に向かう空をきれいだと思う余裕は今の私にはなかった。
カーブの多い山道、沈みかけている太陽は山の向こう側。行き交う車はほとんどない。Uターンできそうな砂利になっているスペースを見つけてそこに車を寄せて停める。
「今までできるだけ隠していましたがこういう重い女なのでもう付き合えないと思ったらここで車から降りてください。お財布も携帯電話も持っているのなら、今来た道を戻って下の道に出れば帰れないことはないでしょうから」
こんな時間にこんなところで降ろすのは私の精一杯の仕返しだ。
彼は迷うそぶりも見せずにシートベルトを外した。これで本当にお別れ。このまま一人旅に出るのもいいかもしれない。
「君が俺のことをそんなに愛してくれているとは思わなかった」
すぐに車を降りると思った彼は、何故か私のほうに身を乗り出してきた。
「な、何ですか」
シートベルトのせいで私は、彼の突然の襲撃を避けることができなかった。やさしく唇を重ねられる。
「嫌々俺と付き合ってるのかと思ってた」
「……好きでもない人と、こんなことやあんなことはできません。あなたはできるのかもしれませんけど」
「いつも俺が無理やり引っ張ってた感じだから、流されて何となくそんな気になったのかとか」
「そんなふうに見えますか」
「俺ばっかりこんなに好きで不公平だと思ってた」
私は静かに彼の唇攻撃を受け止める。気づかないうちに、私もこの人を傷つけてしまっていたのか。
でも、だからと言って簡単に許せるものでもない。
「他の子と付き合ったほうが楽かなって思ったけど結局相手の子を傷つけて、君を傷つけて、もっとつらくなるだけだった。本当にごめん」
「謝るくらいなら、最初からしないでください」
声が震えて今まで我慢していた涙が溢れてしまう。涙だけは見せたくなかったから悔しくて余計に涙が出てくる悪循環。
「うん、ごめん」
彼の唇が私の涙で濡れる。
「許さなくていいから、ずっと俺のことを愛していて」
甘い声と唇はどこまでもやさしくて、私はこのずるい人をいつか許してしまうのだろうとシートベルトを外しながら思った。
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2010.08.30
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