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 004:マルボロ



「お兄ちゃんって煙草吸ってたっけ?」

 久しぶりに二人そろっての夕食時。あたしの言葉にクソ兄貴は黙々と動かしていた手を止める。

「煙草?」

 聞き返されてから自分の失言に気づいた。

「あ、ええと、あのね、お兄ちゃんの部屋の掃除してたら、たまたま煙草の箱が出てきて。別に引き出しを開けたりしたわけじゃなく、て、ね」

 焦ってうっかり墓穴を掘ってしまったあたしは、食べかけのハンバーグに視線を落とした。

 沈黙が痛い。ここは一応謝っておくべきか。

 ちょっとだけ開いていた引き出しの誘惑に負けて、中をちらっと覗いてしまったこと。

 いや、でもまた嫌味攻撃が始まったりしたらたまったもんじゃないから、誤魔化し通すべきか。


「嫌いだろ」


 一人でうんうん悩んでいたらクソ兄貴がぽつりと一言。

 あたしは恐る恐る視線を上げて、眼鏡のレンズ越しにクソ兄貴の瞳を捕える。

 相変わらずむすっとした顔でも、別に怒ってはいないようだった。

 どうでもいいけどこの人は、嫌味を言うとき以外はいつも言葉が足りない。


「嫌いっていきなり何」

「昔から煙草、見るだけで嫌そうな顔してただろ」

 誰が、とまで訊くほどあたしもバカじゃない。

「やめるいいきっかけにはなったな。それ以外はさっぱり役に立ってないけど」

 あたしのために煙草をやめたって素直に言えないくせに、余計な一言だけはいつもしっかり言う。




 お食事再開。




「そもそもなんで煙草なんか吸い始めたの? やっぱあれ? かっこつけてとか」

 そう言えばどこかでクソ兄貴が煙草を吸っている姿を見たことがあったような気がするな。

「……ああ、吸い始めたきっかけもてめえだ」

 しまい込んであった記憶を頭の奥から引き出そうとしたのと同時にクソ兄貴が言った。

「え?」

「『おにいちゃん、たばこ吸ったら死んじゃうんだよ』って凄い顔で大泣きして、必死にやめさせようとしてくるのが面白くて」

 思い出したようにふんと鼻で笑ったクソ兄貴。

 それに無性に腹が立ってクソ兄貴のハンバーグ、最後の一口を食べてやろうとお箸を伸ばした。

「さすがに今は『おにいちゃんが死んじゃうー』なんて泣きついてこないからな」

 こいつの最近の趣味は、あたしでさえ忘れてる過去の恥ずかしい話を蒸し返し、からかうという、性格の悪さを如実に現しているものだ。

「嫌がらせのために煙草吸うなんてバカじゃないの」

 伸ばしたお箸は弾かれて、最後の一口はクソ兄貴の口の中へ。

 どうしてこいつはいつも、人をバカにしてるような笑い方しかしないんだ。

「だからもうやめてやっただろ」

 席を立ったクソ兄貴はあたしの頭をぐしゃっと撫でて、後片付けもしないで部屋に戻ってしまった。

 不意打ちで、滅多に見せない“お兄ちゃんの顔”をするのは卑怯だ。

 頭を撫でられただけで、気がついたら鼻歌まじりでお皿を洗っていたあたし。

 今日こそ皿洗いくらいはクソ兄貴にやってもらおうと思ってたのに。



 100のお題 / くさり目次



 2004.04.10



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